可愛らしい女、というものに出会ったことが無い気がする。
上官はゴリラみてえなやつだったし、仕事で会った女は性格が悪過ぎた。道端の女はぎゃあぎゃあとうるさい。たまに買った女はみんなすれていた。
そして、まただ。
可愛らしい女。清楚な女。おとなしいヤマトナデシコはどこにいる?
「大和撫子って絶滅したんじゃないの?」
「夢ぐらい見させろよ、マスター……」
「コロネロは純情だなぁ」
大笑する綱吉を後目に、コロネロはため息をついた。
暁光は剣となりて
何てことだ。
予想はしていたが、それでも驚いた。
いつになく行動が早過ぎやしないか?
これじゃあ、へなちょこの名が笑う。
「失礼なこと考えてるな、恭弥」
対峙した青年は余裕の笑みを見せている。それがまた気に食わない。
しかし今、そんな事を考えている場合ではなかった。いかにうまく逃げおおせるか、どうやったらこいつをまけるのか考えなくては。
二人は今、欧州イタリアの屋敷の一室にいた。
屋敷は『導手キャバッローネ』の所有物だ。近所にはマフィアの屋敷と言う事でごまかしてある。だがあながちマフィアってのも間違いではない気がする。
主人の豪奢な部屋で、じっと雲雀は動かない。
唐草模様の絨毯は泥に汚れていた。雲雀の革靴のせいだ。華美な調度品もくそもない。部屋は破壊の痕跡にまみれていた。
白塗りの壁からは鉄骨が剥き出しになっており、シャンデリアは床に落ちて火花を上げている。焦げ臭い匂いが鼻につく。
誰の仕業かと言われれば他でもない、雲雀の仕業だった。
散々、ディーノからの連絡を無視した結果がこれだ。
機械音痴な馬鹿の為にわざわざ日本から欧州まで飛んだところ、空港を張っていたらしいキャバッローネにイタリアで捕まった。そして屋敷まで連行されたのだ。
先ほどから脱出を試みてはいるものの、目の前にいる男のせいで脱出どころか動けない。
催眠術も幻術も純粋な力業もきかない。
太刀打ち出来ない。
それもそうだ。こんな馬鹿でも一応は自分の『闇の父』なのだから。勝てるはずがない。
本気になったディーノは、本物だ。
「恭弥、悪いが全部吐いてもらうぜ。俺は血族を背負ってんだ。お前だけ特別扱いって訳にはいかねえからな」
「何も知らないって言ってるでしょ」
「お前が色々動いてんのは知ってんだよ。連絡も寄越さねえで何してたんだ?」
雲雀は口をつぐんだ。
話したら、アルコバレーノに言うに決まってる。話せるものか。
再び体は戦闘態勢へ移行する。
脳の中心が冷え、精密な機器のように周囲の状況を把握していく。
いかにして、奴を出し抜くか。
そうっと一歩踏み出した。
「最後だぞ、恭弥」
ディーノはもう笑ってはいなかった。
本当に、最後の通告らしい。
「何をしていたか、今ここで全部言うんだ」
「言わなければどうなるの?」
「俺に言わせたいのかよ。俺だって本当は、お前を大切に思ってるんだぜ? ほら、言ってみな」
真顔で言う言葉ではない。
「……」
「俺達は吸血鬼だ。一つの血族で一つの生命に等しい。個人はいずれ磨耗する。これだけ生きりゃあ分かるだろ」
「知ったことじゃないね」
雲雀は鼻で笑った。
その瞬間に、目の前で見えない何かが爆発した。
衝撃波も風も火花も起こってはいない。ただの気配が、まるでそれ自身、実体を持ったかのように雲雀を襲ったのだ。
古血にしかできない。雲雀とて古血だが、こいつにはかなわない。そう知らしめる意味も含んでいるのだろう。
だが、それがどうした?
強ければ強いほど、相手を殺す楽しみが増えるだけだ。
血族とともに? 冗談じゃない。
自分がただの一滴でしかじゃないなんてクソったれだ。その一滴にだって意志はある。意志があるからこそ生きていける。
「『跳ね馬』、あなたとは反りが合わないな」
ぽつりと呟いた。
さっき踏み出した一歩は、衝撃のせいでまた元の位置に戻ってしまっている。
『導手キャバッローネ』の始祖は一体どうして吸血鬼になったんだろう。
ぼんやりと思いながら、トンファーを構えた。
仕掛けたのは雲雀からだ。
目にも止まらぬ速さでディーノに近付くと、思いっ切りトンファーを振るう。単純な動作だ。難なくディーノが避けた時、そこへ金属片が飛来する。
「!」
危うく突き刺さる寸前に、金属片は空中に静止した。雲雀の念動力にディーノの力が上回ったせいだ。
しかしこのくらいで倒せるとは端から思ってもいない。畳み掛けるようにトンファーで殴りつけるが、止められた。
何度も攻撃を仕掛けるがまるで意味が無い。
さすがは『闇の父』だ。この上なく嬉しくはないが。
一度下がって、体勢を立て直した。
だが追い討ちがかかる。ディーノの鞭が雲雀を襲うが、ぎりぎりのところで避けきる。
本能的に嫌な鞭だ。
表面は全ての吸血鬼の弱点である銀がコーティングされている。かすっただけでもダメージを与えられる上に回復が遅い。
面倒だ。
舌打ちした時、何かのせいでバランスを崩した。
たたらを踏むが、遅れて走る足首の痛みに目を見開く。
かわしたはずの鞭が雲雀の右足首に絡み付いていた。
鞭は軽くうねり、まるで蛇のようにしめつける。鞭と接している部分からは煙が上がっていた。
「……操れたんだ」
「さっきから全然気が入ってねえな。これならアンダーイヤーの方がいくらかマシだぜ」
ため息をついたディーノは雲雀を見た。
「俺の鞭からは逃れられない。さて、悪いが恭弥」
雲雀は面倒そうにディーノを見返す。
ディーノは少し、悲しそうだった。
「お前の記憶、見せてもらうぞ」
ぎろりと瞳が光る。
雲雀は静かにそれを受け入れた。
彼の術に自分の術で対抗するには分が悪い。こればかりは年の功が勝ってしまう。だったら抵抗する意味なんてなかった。
それに。
いくらじゃじゃ馬とは言え、『闇の子』は我が子同然だ。毅然としていながらも、悲しみとやり切れなさで荒れているディーノは気付かなかった。
うっすらと笑みを浮かべた雲雀が、小さく舌なめずりをしていたことに。
「くふ」
「うぜえ」
「相変わらずですねえ、犬君は」
「うぜえつってんだろ」
骸は笑いを止めはしなかった。獄寺は睨み付け、それから舌打ちした。
客室には二人しかいない。
着物の骸と、スーツ姿の獄寺だ。
山本は綱吉達と庭で遊んでいる。本当はそっちに行きたかったが、骸に大切な話だと言われれば残らざるをえなかった。
綱吉が窮地に追いやられている。
「……雲雀の話は本当か?」
「君も『アルコバレーノ』に会ったでしょう? 綱吉君はよりにもよって『アルコバレーノ』の『アッズーロ』を転化させてしまった。しかもそのことを後悔していません」
「あの方らしい」
「君は本当に犬ですね」
ぽつりと呟いた獄寺を骸は切って捨てる。
畳の匂いが鼻についた。
胡座をかいて、食卓に肘をつく。品の無い格好で骸はそらぶいた。
「『炎帝の子』だからと言って尻尾振るだけじゃあ、捨てられちゃいますよ?」
「頭下げて当然の方じゃねーか」
「そういう意味では……いえ、今は置いときましょう」
獄寺の青い目が細まった。
「これからどうするつもりだ」
「さて、どうしましょうかね。『雲』に全員集めろと言ったものの、まだ来てないやつもいますし」
「『晴』か」
「ええ、今呼びに行ってる最中です」
少し獄寺は考え込む素振りを見せた。
ぼんやりとそれを眺めながら、骸も出来事を頭の中で組み立てて行く。
「『アルコバレーノ』への圧力をかけるのはどうです? 君達『ボンゴレ』ならどうにか出来ませんか」
「先代なら可能性はあったかもな。ザンザスじゃあ駄目だ。あの野郎、『アルコバレーノ』とのパイプを壊しやがった」
「保護してくれそうな人ですかね?」
「無理だ。あいつと沢田さんを会わすのは俺が許さねぇ」
「そう言えば因縁ありき仲でしたっけ」
飄々と言ってのけた骸は、では、と続ける。
「『導手キャバッローネ』も駄目、『炎帝ボンゴレ』も駄目。最近突出している『白首ミルフィオーレ』はまだ若すぎて圧力をかけられるほどじゃない。『黒母ジッリョネロ』は落ちぶれた。他の血族と言えば、『アルコバレーノ』を毛嫌いしている。お手上げじゃないですか」
ぶつぶつと言った後に食卓に倒れ込む。
獄寺は眉を寄せた。
「『アルコバレーノ』も一度は引きかけたんだぜ?」
「それをあの若僧がぶち壊してくれたんでしょう?」
骸の言葉に頷いた。
あれは少々予想外だった。
あのまま事態を収束できると考えていた予想は思いっ切り外れてくれた。その上、何故だか、『アルコバレーノ』の動きが慌ただしい。
どことなく、好戦的だ。
今のところザンザスはまだ動いていないが、『アルコバレーノ』が思いのほか妙な動きをするのだ。コロネロを追いかけ、そこで古血を見つけて、力の差と利害を考えさせて撤退に持ち込むまでは良かった。しかし、何故、その後、あの女がコロネロのところに来るのだ?
胸ポケットからシガレットを探り当て、ライターで火を点ける。
大きく吸い込んでから、吐き出した。
その様子を骸が嫌そうに見ていたが、どうでもいい。
「『アルコバレーノ』は自由性が高そうに見えて、意外にそうでもない。むしろ政治と金に縛られた組織だ。私情で動くのは許されねえはずだ」
「……偶然かもしれませんよ? たまたま、あの女がうまい具合に私情を通せたのかもしれません。そこへたまたまあの若僧があの女と出会ってしまっただけかも。そしてたまたま騒ぎが起こって、たまたま『アルコバレーノ』が引かずに済む理由が出来ただけかも」
「んな偶然が続くかよ」
あきれた風の視線を受け流し、骸は着物の袖で口元を隠した。
気味の悪い笑い声をあげた彼を、更にしかめっ面になった獄寺が見る。
「案外馬鹿には出来ませんよ? 歴史上、まるで神の采配のような偶然は幾つもあるんですから」
そうですねえ、と骸は視線を天に向けた。未だに口は袖に隠れて見えない。
そのままそらぶいた。
「君達にとっては、神は『源泉』でしたっけ?」
眉をひそめた獄寺が紫煙を吐き出し、何か言おうとした時だった。
唐突に、骸が右目を押さえた。
残った左目は空中を凝視している。
ただならぬ様子に、獄寺が慌てて声をかけた。
「おい、どうした?」
しかし答えず、骸はそのまま動かない。
痺れを切らしかけた時、骸から笑い声が聞こえてきた。
いつもの気味の悪い笑い声だ。
どうやら元に戻ったらしい。
何があったのかと視線で問う獄寺に、骸はにんまりと笑ってみせた。
「僕のとっておきが作動したみたいです。そして上手くいった。これで厄介事が一つ減りました」
嬉しげにしてはいるが、意味が分からない。
「何なんだよ、とっておきってのは?」
「吸血鬼の催眠術の応用ですよ」
事も無げに言うが、骸は元々は人間だ、一応今も。
さっき、タイミングを失った言葉が蘇る。
本当は、お前が一番、吸血鬼に執着しているんじゃないのか?
自慢げに笑う骸を、獄寺は気の毒そうな目で見た。
後書き
なかなか思うところまでいかないなぁ。
戦闘シーンになっていない戦闘シーンは自覚しています、何か文章荒いのもorz やっぱり難しい。
全然進まなくてちょっぴり涙目です。
ついに21話です。何話ぐらいになるんだろうこれ。まだ山場すら来てないんだけど。
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