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夜、不意に感じた息苦しさに目が覚めた。
目の前に能面。
単調過ぎるその無表情の口元はぶつぶつと何かを呟いている。
一瞬、脳が思考を放棄した。
「か、あっ」
叫ぼうとして、それが出来ない事に気付く。
首元を締め付けるそれは微動だにせず、一定の間隔で締め付ける力を徐々に強めていく。
明地流美の体をまたぐようにして、その首を絞めているのは、彼女の上司である神崎翔だった。
暗闇の中、ぼうと浮かび上がる白い顔、白い髪、白いYシャツに、ただの恐怖ではなく本能からくる異質への恐怖が先立ち、苦しさなどぶっ飛んで、がたがたと震える身体。何故どうしてと、問いすら思い浮かばない。
苦しい、怖い。
喉を締め上げるそれは、何かを絞り取るのように力をまた強めた。
ぎしり、と彼が膝をついたベッドのスプリングが、軋む。
息を吸う事も吐く事も出来ず、流美は既に弛緩し始めた身体に気付いて愕然とした。脳が沸騰しそうだ。顔はきっとうっ血しているに違いない。息がしたい、空気が欲しい。尋常ではない苦しみに、生理的な涙と、口からよだれが零れる。
それを、じっと見つめながら首を絞める少年は、ずっと何かを呟いていた。
日本語、英語、中国語。流美が使う言葉ではない事だけが理解出来た。
目の膜が熱い。がくがくと震える体。眼球が裏返りそうだ。ぴくぴくと跳ねる指。卒倒しそう。苦しい、早く、早く死なせて!
唐突に、手が外れた。
「がはっ」
空気が喉を通った瞬間に、咳き込んだ。同時に涙が滂沱と流れる。唾液を拭う暇も無く、ただはあはあと荒い息を繰り返して、肺に空気を取り込んだ。
「あ、ああ……うっ、げほっ」
ひたすら空気を吸って、吐く。空っぽだった肺が、熱い脳に取り込んだ酸素を送った。暗闇に、息づく声が大きく聞こえる。
一通りの、生への作業を行ってから、いまだにのしかかるようにいる少年の身体を蹴飛ばした。
うめき声一つ上げず、吹っ飛んだ身体は壁に叩きつけられ、ずるずると床にうずくまる。力無く横たわるそれに、死体が重なって見えた。
ひくり、と喉が鳴った。と、同時に胃から込み上がるものがある。
押さえきれずに、床へと嘔吐した。びちゃびちゃと飛び散る吐瀉物から、酸の匂いが鼻に届く。
「う、うう」
また吐きそうになるのを堪えた。
荒い息で、動かない少年を眺めて、それから流美は、涙を流して叫んだ。
「うわあああああああああっ」
悲鳴ではなく、喚いた。そして、泣く。泣き喚く。
五分ぐらい、ずっとそうしていた。
SAの隊舎は防音だ。誰一人、この事態に気付いていないだろう。
ようやく息を整え、流美は壁にかけた時計を見やる。
午前四時。
動かない少年は、冷えた空気の中に、あまりにも薄着だった。
「たい、ちょう……」
布団から這い出し、床に転がる少年をそっと様子見る。
息は、していた。すう、すう、と規則正しく動く胸。Yシャツを掻き合わせるようにして、ぶるりと震える身体。眠っているその表情は幼い。
さっきのは夢だったのか。
そう思ってしまう程に、彼はまるで何事も無かったかのように眠りこけていた。しかし、流美の首に未だ残る痛みと、床にこぼれた吐瀉物、涙でぐちゃぐちゃになった彼女の顔がそれを裏切る。確かに、さっき自分は殺されかけた。そこまで考えて気付く。あの恐怖は、殺意に対する恐怖だったのだ。
「隊長」
呟き、流美は冷たい床に膝をつき、少年の肩をゆすった。
けれど反応は無い。そもそも、この深過ぎる眠りこそ異常だ。遅ればせながら気付いたその事実に、流美は眉をしかめ、それから情けなく眉を下げた。
どうすればいいのか、分からなかったのだ。
ひとまず、寒そうにしている体に毛布をかけ、さっきまで自分が眠っていたベッドに運んでやる。
しかし先程の事もあり、自由な恰好にしておくのははばかられた。
一つ、溜息をついた彼女は、少年の両手首と両足首をガムテープで固定した。その上から毛布と布団をかけてやる。
「……神崎、さん」
一言呟けば、少年は毛布を手繰り寄せた。
続きはどんなんだったんだろ(オイ)こういう話も好きですわ。書いてて楽しい。
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