一人ってのは、気楽でいいが、たまに寂しいものだぞ。
女が神妙に言ったそれを、俺は鼻で笑い飛ばした。
ガラでもないくせに、何を殊勝な。
流星症候群
一週間の執務地獄からどうにか逃れたルルーシュは、丁度同時期に本国に戻ってきたユーフェミアに誘われ、前回と同じ部屋でお茶会に参加していた。
今回はコーネリアから騎士を全員連れてこいと厳命されている。ユーフェミアの意識改善の為だろうが、そこまでむきにならなくてもいいのではないだろうか。
未だに騎士を選んでいないユーフェミアと言えば、スザクと楽しげに土産話をしている。それを横目でちらりと見てから、紅茶の入ったカップに口を付けた。
「クロヴィス兄上はうまくやっていたんですか」
既にユーフェミアから話を聞いているらしいコーネリアに尋ねれば、彼女はしかめっ面をしてみせた。
「未だテロを抑え切れていないらしい。あの未熟者め」
「兄上は軍隊よりも筆の方が似合いますからね。仕方ないんじゃありませんか」
今回はナナリーは参加していない。彼女は佐世子というメイドと共に、近くの別の宮へ遊びに行っている。何番目かの姉に呼ばれたらしい。ルルーシュも付いて行きたかったのだが、女同士の話と言われてはどうも行きづらい。本当は女装してでも行きたかったが、ナナリーに『ユフィお姉様のお話を後で聞かせて下さいね』だなんて愛らしく言われては付いては行けない!! ナナリーの為にナナリーの為にナナリーの為に!
「いくら兄とはいえ、お前のシスコンぶりには私でも呆れるぞ……騎士は苦労しているだろう」
カレンとジェレミアは苦笑で返した。スザクはと言えば、ユーフェミアとの話が佳境に入っているらしい。真剣に話を聞いている。
ルルーシュの右にジェレミアとカレンが座り、その向かいには上からユーフェミア、スザク、ギルフォードが座っている。コーネリアは上座にいた。右隣のルルーシュに語りかける。
「お前さえ良ければ、一度エリア11に行ってみてはどうだ」
ルルーシュがぴくりと瞼を震わせた。
飲みかけの紅茶をテーブルの上の手の中に戻し、何かを思案するかのように目を伏せる。
「それは、兄上の手伝いで、という意味ですか?」
「クロヴィスの副官は無能らしい。いつまで経ってもテロを収められないどころか、クロヴィスを支える事も、政庁に跋扈する役人どもの手綱を取る事も出来ていない。だが、お前は賢い。だろう、ルルーシュ」
「買い被りすぎですよ」
素っ気なく返して、ルルーシュはコーネリアを見た。
「俺はまだまだ子供なんですから」
「17が口にしていい言葉ではないな。そろそろ成人のくせに何を言うか。それにお前は皇族だ。いくら嫌でも、皇族に生まれた限り皇族たる義務がある。違うか?」
厳しくそう言われるが、右から左へ流す。
自分が生活出来ているのも、全て国民から得た税収にあるのは分かっている。だからこそ、皇族が国の為にあらねばならないのもだ。
しかし、ここでしか出来ない事もある。
未だ見つからない母の殺害犯は、宮廷内部にいると分かっている。エリア11に行ってしまえば、ルルーシュの求める情報は格段に少なくなる。そうなってしまうのはまずかった。ただでさえ少ない情報がこれ以上減ってしまえば、真実を追う事は出来ない。
その上、ナナリーの事だってある。彼女を一人、本国に置いておくのはあまりしたくない。もちろん、ユーフェミアやコーネリアは良くしてくれるだろうが、それでも、起きた悲劇を知っているが故に躊躇ってしまう。
「それでね、こんな形の門みたいなのがたくさんあったの」
「ああ、鳥居ですね。狐がいなかったのなら多分神社です。エリア11の昔からいる神様を祀っているんですよ」
横目で騎士と妹姫を見た。
こちらを気にしつつも、スザクはユーフェミアの言葉を聞いている。彼の故郷はエリア11だ。気にならない訳が無いだろう。
それに――。
もう一つの理由をルルーシュは見つけてしまった。
苛立たしげに瞼を閉じる。
ここにいてもどうにもならないのなら、一度気分転換代わりにエリア11へ行ってみてもいいかもしれない。
大きな溜め息を一つついて、彼は姉に向き直る。
「わかりました。行きます」
簡潔に答えれば、彼女は頷いた。
「ナナリーの事は任せろ。しっかりと見ていてやる」
自信げに言う彼女に首を振って見せれば、怪訝そうな顔をする。
「今回、ナナリーも連れて行こうと思います。アッシュフォード家の長女に会いたがっていましたし、それに副総督代行ともなれば、一週間やそこらで本国に帰れる訳じゃないでしょう?」
「まあ、最低でも一カ月はかかるか」
ルルーシュは顔をしかめた。
「そんなにナナリーに会えないだなんてごめんですよ。たまには本国から離してやるのもいいでしょうから、エリア11に連れて行きます」
「しかし、向こうは……」
「大丈夫です。俺が行くんですから、テロも官もすぐに制圧してみせますよ。ジェレミアの隊も連れて行きますし、姉上の心配には及びません」
言い切って、にっこりと笑ってみせれば、コーネリアは眉間にしわを作った。
「少しは心配させろ。まったく、可愛げが無いな、お前は」
「男に可愛げなど必要ありません」
むっとしながら言い返せば、コーネリアに笑われる。
殿下、とカレンが恐る恐る声をかけてきた。
振り返って見れば、彼女は複雑そうな顔をしている。その表情の内訳を悟ったルルーシュは、彼女に微笑みかけた。
心配はいらない。
「そうと決まれば善は急げです。姉上、今日のところはこれで失礼します」
「む、そう急くな。追い払うつもりで言ったのではない」
「分かっていますよ」
でも用事を思い出したので、と畳み掛ければ、コーネリアはようやく渋々と頷いた。
残っていた紅茶を飲み干し、ルルーシュは立ち上がる。それを見て、慌ててユーフェミアに退去の辞を告げたスザクだったが、ルルーシュはそれを微笑んで制した。
「お前はいい。せっかくの機会だ。母国の話を聞かせてもらえ。構いませんね、二人とも?」
「ああ、私では分からないことが多すぎるからな。ユフィの相手を頼むぞ」
「ありがとう、ルルーシュ! 私、スザクにお話ししたいことがいっぱいあるの」
ルルーシュは、スザクの手を取り、嬉しそうにするユフィに頷いた。
顔を真っ赤にさせて、かしこまりました、と告げたスザクを面白くなさそうにコーネリアが睨む。
「枢木スザク、たやすく皇女に触れるな。無礼だろう」
「もっ、申し訳ございません、コーネリア皇女殿下!」
「あら、いいのよ、スザク。友人同士が握手するのは普通のことだわ」
「友人だとぉ!?」
「申し訳ありません、殿下!」
「お姉様、スザクは私の友人ですよ。スザクもどうして謝るのよ」
「それは、その……申し訳ありません」
「枢木、後で話がある」
「ひっ」
低い声で唸ったコーネリアの様子に汗をかきながら、必死でルルーシュに助けを求めるが、彼は涼しげに鼻を鳴らしただけだった。
両脇のジェレミアとカレンの生温かい視線が痛い。
「見送りは結構です」
ユーフェミアの隣を離れたくなさそうなコーネリアに言い、一礼した。
代わりにか、ギルフォードが三人を見送るらしい。
「出立前には顔を見せに来い、ルルーシュ」
「もちろんナナリーも連れてきてちょうだいね」
「ええ、分かっていますよ。それじゃあ、スザクを頼みます」
若干涙目な若い騎士に手を振る。
それから振り返り、ルルーシュは騎士二人を連れて部屋を出た。
ギルフォードに見送られ、玄関前に用意されていた自分達の馬に乗り、リ家の宮を出た辺りでルルーシュはため息をついた。いつも自信満々な彼にしては珍しいことである。
「ルルーシュ様?」
考え込んでいるのか、難しい顔をして、カレンの呼びかけにも返事が無い。
しばらく放っておいた方がいいだろう、とジェレミアとカレンは目配せし、馬を主のものより少し下げた。
アリエス宮へ戻る道の真ん中あたりで、不意にルルーシュは馬を止めた。二人の騎士も数歩後ろで停止する。
辺りは花畑だ。背の低いパンジーなどが、小さな丘一面に植わっている。色彩は庭師が腕を振るったのだろう、騒々しくなく、むしろこの王宮の中においては控え目なぐらいだ。蒼天の下に可憐に咲き誇るそれをぐるりと見回し、ルルーシュは数度、瞬いた。
かつて、ここで母と妹と遊んだ。
ナナリーが喜ぶから、母上に花冠の作り方を教えてもらったのだった。小さな小さな妹の頭に、不格好な花冠を乗せてやり、三人で笑ったのは、もう記憶の彼方だ。
その数年後の血生臭い記憶が、全てを上塗りしてしまったのだ。
遠い彼方を眺めながら、ルルーシュは笑う。
今、自分がしようとしている事を知れば、母上は何を思うだろう。ナナリーは、ユフィは、姉上は、スザクは。そしてこの神聖ブリタニア帝国の頂点に君臨し続ける男は。
「カレン」
「何?」
「君は、一足先に日本へ行くんだ。準備してくれ」
後方で小さく息を呑む気配が伝わってきた。しかしそれも一瞬だ。すぐに短く、是の意を応えてきた。
「ジェレミア」
「はっ」
「お前もカレンとともに日本へ。クロヴィス兄上の様子を伺ってくれ」
「かしこまりました」
端から聞いていれば、自身がエリア11入りするため、二人の騎士を先触れ代わりにしているように聞こえただろう。
だが、二人の騎士は、そこに含められた意志を正確に読み取っていた。
仄かな緊張が二人を包む。
準備のための準備は既に終えている。これからは、活動のための準備に入らねばならない。
小さく目配せしあったジェレミアとカレンはルルーシュの、ちっ、という小さな舌打ちに首を傾げた。
「カレン……は暇は無いだろうな。ジェレミア」
「何でしょうか、殿下」
「お前、向こうに行けば多分暇だろ」
「はあ、多分」
「よし、だったら日本で、美味かつ安価なピザ屋を探しておけ。配達サービスがあれば尚良い」
「……」
「チーズの味にはうるさいからな。文句は言わせないぐらいのやつを頼むぞ」
「……イエス・ユア・ハイネス」
カレンがジェレミアの肩を叩いた。
どことなく元気の無い騎士を後目に、ルルーシュは止めていた馬を進め始めた。
色々と決めてしまえばすっきりするものだ。あの蒼穹のように気分も晴れやかだ。
どんよりとした曇天がすぐ背後に立ちこめているのも露知らず、ルルーシュは機嫌良くアリエス宮への帰途についたのだった。
ちなみにその数時間後、精魂尽き果てぼろぼろになったスザクが帰還、その様子を見たルルーシュが大爆笑し、ついにスザクが倒れてしまったりするのだが、今は誰も知らない。むしろスザクに関しては知らない方が幸せというものだろう。
ひたひたと、忍び寄る足音。
深夜。深い闇に潜んで、アリエス宮に近付くそれに、今は誰も気付いてはいない。
ひたひた、ひたひた。
今は、まだ、誰も。
「おい」
ひた、
誰も――?
あとがき
久々のギアス更新。
本当はAPHでホラーやるつもりだったんですが筆が進まず、気分転換にギアスを見てみたら、書いてみたくなり、こうなった次第です。
復活サイト? 気にしない。萌えたら何でも可です。まあ、連載はちょびちょび書いてはいますが、本誌展開のあまりの感動に衝撃が大きすぎて書けないんですよ。今書いたら確実に内容が偏る(笑)
このギアス長編は多分、超絶不定期になる予定です。
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