きらきら、みかんのあめ。
ぎゃあぎゃあと泣きながら、それだけは覚えていた。
あなたに会いたくて、俺は頑張ったんです。
あなたに認められたくて、かっこいいよと言われたくて、泣き虫だって卒業したんです。
「あはは、そう言いながら泣いてんじゃんか」
苦笑しながら俺の頭を撫でてくれた。
大好きな大好きな、俺の。
「君が大人になったとき、もう一度、会いにおいで」
暁光は剣となりて
「つーなーっ!」
小さな子供を長い腕で抱き締めて、頬ずりをする精悍な青年。
「ツナ! 久しぶり!」
「ひ、久しぶり」
骸と比べて発する雰囲気は清々しいものだ。奴がやれば途端に空気に危険なオーラが混じる。
「沢田さんを離せ! この肩甲骨が!」
その横でわめくのが、コロネロを助けに入った銀髪の吸血鬼だ。しかし黒髪の彼は気にする様子はなく、苦笑する綱吉を抱き締め続けている。
この時点で、何となく三人の関係が分かったコロネロは、百年ぶりに会ったという吸血鬼達がいる部屋からそっと出て行った。積もる話もあるだろうし、巻き込まれてはかなわない、とも思ったからだ。
廊下に出て、扉を閉めると嘆息した。
窓の外には、いつも通りの夜の森がいる。
草原で綱吉と話をした後、骸の屋敷に帰ったばかりだった。夜は明け切っていない。まだ吸血鬼の時間だ。
歓迎とは言えない骸達居残り組の歓迎を受けた後、改めて新たにやって来た吸血鬼の紹介を受けた。
コロネロを助けに入ったのが獄寺隼人。綱吉とともにいたのが、山本武と言うらしい。転化された場所は違うが、年代が同じらしく良く二人一緒にいるという。ただし、本人達が言うには、仲がいいという訳ではないらしい。
そして二人とも『炎帝ボンゴレ』の古血だ。
強いのは確かだろう。
何となく面白くない。
そう思ってまたため息をついた時、廊下の曲がり角に人がいたのにようやく気付いた。
この屋敷唯一の女。クローム髑髏だ。
あちらはコロネロより先に気付いていたらしい。じっとこちらを見ていた。
手にはお茶を入れた湯飲みが一つ乗った盆を持っている。
すたすたと歩いてきた彼女は、コロネロの隣まで来ると、ふと立ち止まった。
「……中」
「は?」
「ボスは、二人と話してた?」
「ああ」
「そう……」
残念そうに呟いた彼女は、くるりと踵を返した。
去り際に振り向き、
「骸様が呼んでたわ」
そう告げた彼女は、お茶を綱吉に渡すことなく帰って行った。
ぽつんと残されたコロネロは、三度目のため息をつく。
職員室に呼び出された気分だ。
いい事だなんてとてもじゃないが思い浮かばなかった。
赤黒いパックをぼんやりと眺める。
救急フロアの一室、病室でラルはベッドに寝かされていた。既に汚れたスーツではなく、トレーニングウェアに着替えている。
左の袖を捲り上げ、そこに針を指していた。
白い天井にやけに映える赤黒いパック。あの中の液体は管を通り、ゆっくりと針を通過しながら、ラルの中に侵入する。誰のものかは分からないそれは、ラルの血液と混じり合い、身体中に養分と酸素を運び、そしていつかは壊れて消え去る。
血液は永遠ではない。常に入れ替わり、古いものからどんどん壊れて体から排出されるものだ。
吸血鬼なんてものは幻想じゃないのか?
血脈も血族も吸血鬼も、血があって成り立つものだ。だったら、おかしい。血液はこんなにも簡単に壊れて変わる。
肉厚の唇を引き結んだ。
病室の窓にはカーテンがかかっている。開いていたとしても変わりは無いだろう。まだ夜中だ。
じりじりとするような感覚。答えは出そうで出なかった。首の左側が痛む。あの夜空は一生忘れはしない。
死すら意識したあの輝く星空を忘れはしない。
固く目を閉じる。
分からない。答えが出ない。
私は、コロネロをどうしたいのだろう。
僕はねえ。
そう口を開いた骸は、高そうな煙管を右手に持ち、藍色の着物を少し着崩していた。長い後ろ髪は胸に流し、胡座をかいている。
八畳程の和室。桐箪笥が右と左に対称になるように置かれていた。その他の装飾も、全て対称になるように配置されている。電気は無い。あるのはコロネロと骸の間に置かれた蝋燭の揺らめくような赤い仄かな灯りだけだ。部屋は二段に別れていた。骸はコロネロより一段上がった部屋の奥に座している。
蝋燭の炎に照らされた骸は、薄い笑みを浮かべた。
「神様なんですよ」
「……は?」
思いっ切り胡乱げな表情になったのは仕方がない。何を言っているのかさっぱり意味が分からない。
それでも骸は構わずに続ける。
「ほら、姿形が変わらない上に術を使うでしょう? さすがに現代ではそううまくは行きませんが、昔は神格化されていたんです」
くふ、と笑みを零した彼は、コロネロを蒼紅の瞳で見据えた。
「最初の僕も、六瞳という村人達を導く神だったんです。まあ最後の方は鬼になっちゃいましたけど。次の僕も貧しい民を見守る神で、その次の僕は山村を助ける神様でした」
「……」
「全部、大切な僕の従順な村人達です。だからそれを奪った吸血鬼が憎らしい。今でもこの恨み、深くなることはあれど薄まることは有り得ぬ」
急に、蝋燭の炎が掻き消えた。
光が無くなる。
暗闇の中、ぼう、と赤が浮かび上がった。
怪しい光に、コロネロは顔をしかめた。
空気は重く、まとわりつくようにねっとりとしている。
「分かるか、この怨み。お前をどれだけ嫌っているか、分かるか?」
ひくりと、頬が引きつった。
馴染みのある感覚――殺気。
骸は心底俺を殺したがっている。
全身が臨戦態勢に移行するのを感じながら、暗闇の中でコロネロは薄く息を吸った。
肺に生ぬるい空気を送る。
「逆恨みじゃねーか、コラ」
「いいや、お前達は鬼だ。どれだけ人の皮を被ろうとも血の鬼であることには違いない。でなければ、お前は同僚の血を貪ることは無かっただろう?」
「……それは」
言葉につまる。
確かにその通りだ。
吸血鬼になったからこそ、自分は。
牙を無意識に舐める。この牙が、彼女の肌を食い破った。そんなこと、望んでもいなかったはずなのに。
ざわめく内心を抑えて、赤い目を睨み付ける。
骸からは何の感情も伝わっては来なかった。
感情を隠しているのか、それとも本当に何も思っていないのか。
「後悔はしてない。今のところは」
「知ったことか……お前達を滅ぼすことこそが我が存在。忘れるなよ、吸血鬼。お前が生きているのはあえて見逃しているからに過ぎない。大切なあの人が、お前の親で、殺すなと言うからに過ぎない。そうでもなければ決して逃がすものか。『アルコバレーノ』の吸血鬼なぞ、呪いに雁字搦めにされたただの化け物だ。
お前が後悔していようがしていまいが関係無い。お前が化け物という事実があればいい」
深く深く呟くかのように言葉を吐き出し続ける骸の姿は、暗闇でも目の利くはずのコロネロにも見えない。
霧だ。
じりじりとコロネロを囲うかのように迫る濃霧は、まるで吸血鬼の幻霧のようだった。
「いいか、あの人を害するような真似は決して許さない。化け物、お前は生かされている。いつでも我が三叉槍が狙っていることを覚えておけ」
そこまで低い声で言い切り、一気に彼は霧を引っ込め、部屋を明るくした。ざっと消えた霧に若干驚いた時、骸の正面、コロネロの背後の障子戸が勢いよく開かれる。
振り返った先に、半眼になった子供がいた。
先程までのおどろおどろしい空気など微塵も感じさせない骸が、にこやかに言ってのける。
「あの二人はもういいんですか? やっぱり僕の方がいいですか?」
綱吉はまず骸を睨みつけ、それからコロネロを一瞥し、そしてやはり骸を睨んだ。
「……コロネロに何もしてないだろうな」
「心外です。『アルコバレーノ』は大変だったろう、と労ってから、あんまり無茶はしないように諭してただけですよ」
嘘だ。
綱吉にもバレているのだろう。彼はまだ怒ったままだ。
しかし、実際、今回のことはそれだけのことを言われても仕方ないと思っている。なのでコロネロは何も言わず、沈黙を選んだ。
そんな内情を何となく察したのか、綱吉はため息をついた。
二人がいる部屋へと入り込み、むすっとした顔でコロネロの隣に少し距離を置いて座った。途端に慌てて骸が一段上がった上座から下りてきて、綱吉の前に座った。
「……あそこにいればいいじゃん」
「ご冗談を。君を下座に置く訳がないでしょう」
冷や汗をかいている骸の前で、綱吉はふふんと鼻を鳴らした。
「言っとくけど」
「何です?」
「『アルコバレーノ』だなんて、知らなかったよ、俺は」
袖を掴まれくいと引っ張られる。
見てみれば、綱吉もこちらを見ている。
何となく、目が離せなかった。
「それは」
骸が茫然と呟く。
「泣けばいいんですか、それとも、笑えばいいんですかね……?」
「勝手に泣けば。お前の笑い声は気持ち悪い」
「ちょっと、僕を見捨てないで下さいよ!?」
「知らない」
「お願いですから、綱吉君!」
涙を浮かべて必死の形相の骸が綱吉にすがりついていた。顔をそむけて、綱吉はコロネロの腕にまとわりつく。
「おい、コラ……」
「俺に好かれて嬉しいだろ?」
「その顔はこええぞ」
にこにこ笑いながら目は笑っていない。
「ほら、大好きだよパパンって言ってみな」
「誰が言うかコラァッ!!」
「大好きです! パパン!!」
「「気持ち悪い」」
二人から駄目だしをくらい、骸はさめざめと涙を零した。
「君たちは僕を一体何だと思っているんです。特にそっちの若僧」
「神様だろ、神様」
「投げやり過ぎる。もうちょっと崇めなさい」
「骸、お前一体コロネロに何を話したんだ……?」
「べ、別にっ。普通の話をしただけですよ」
「神様なんて単語が普通の話に出て来るのか?」
「マ、マスター。ほんとだぜ!」
「お前は黙ってなさい! お前に庇われるほど落ちぶれてはいない!」
「めんどくせーヤツだなコラ!」
叫べば骸がむっとした。
その骸の頭を撫でながら綱吉がぼやく。
「いつも思うんだ。俺、何でこいつを拾ったんだろう」
「づなよじぐんひどい……!」
「鼻水こすりつけんな馬鹿!」
ぎゃあぎゃあとわめいていれば、背後から呆れた声が聞こえてきた。
「何やってんだ、てめーら」
獄寺が最高に嫌そうな顔をしてそこに立っている。
彼の視線はべったりと綱吉に密着している骸に向く。
「……お久しぶりです、犬」
「果てろ!」
「挨拶しただけじゃないですか!」
火球をいきなり骸にぶつけようとした獄寺に綱吉が、こら、と怒鳴った。
「物壊すの禁止!」
「し、しかし……こいつ、沢田さんの体に!」
「獄寺は短気過ぎるのなー」
急に声が一つ増えたかと思えば、すぐ隣に綱吉を背後から抱き締めるにこやかな山本が増えていた。
「いつの間にいたんだコラァ!」
「果たすぞテメエッ!」
「暑苦しいのは一人で十分だぜ。な、ツナ。つー訳でどっちか斬ってもいい?」
「駄目だよ山本! 笑顔で何怖いこと言ってくれちゃってるの!?」
けちーと口をとがらせたが、大の男がやっても可愛らしさの欠片も無い。
三人をどうにか宥めようとする綱吉を横目で見ながら、骸はほろりと涙を零した。
「僕と綱吉君の愛の巣が、どんどんやかましくなってく」
突っ込みどころ満載の台詞だったが、他の三人にかかりっきりの綱吉にツッコミすら入れられず、放ったらかしにされた骸が、更にいじけたのはどうでもいいことである。
こうして、霧の夜は更けてゆく。
あとがき
スランプ? 文章が書けないなぁ。更新する時はちゃんと加筆修正しときます。
そしてまたフラグを立ててしまった。頑張ります、頑張って回収します。
ここんとこずっと更新してる。奇跡だ。ただ、携帯からの投稿なので、PCだとブログが恐ろしいことになってるんじゃないかと。週末に直します。
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