ムカついたんだ。
俺達はまだ地べたを這いずり回ってるのに、一人だけ救われたような晴れやかな顔をしてるお前が。
ムカついたんだ。
それだけだ、ただ、それだけだった。
暁光は剣となりて
一夜明けてみれば、風景が一変していた。
目を覚ましたコロネロがカーテンの隙間から差し込む光にふと疑問を抱いて、太陽に当たらぬように注意しながら外をそっと覗き見れば、濃く立ちこめていた霧は跡形もなく、燦々と輝く太陽が鬱蒼と茂る森に降り注いでいた。おどろおどろしい昨日の湿った空気は見る影も無い。
「……何やってんだ、コラ」
家から離れた場所で、見覚えのある二人が何かを言い争っているようだった。
近くにあったシーツを被って、刺すように眩しい太陽に辟易しながらも、外に出て二人に近付く。湿った土を踏んで歩くコロネロは、近付くにつれて聞こえるようになった言い争いの内容に呆れた。
「湿った場所にいるから心も湿っぽくなるんだよっ」
「言っておきますけど、僕は元からこんな性格なんです!」
「嘘つけ、昔はあんなに俺の後を付いて回って、ちょっとほったらかしただけでびーびー泣くような可愛いガキだったくせに!」
「ちょっと!? ちょっとですって!? 南極圏のド真ん中に僕一人を置いてって、自分は中国伝統料理で舌鼓み打ってたくせに“ちょっと”!? 日本語を勉強し直してはいかがです、耄碌爺め!!」
「南極圏のド真ん中って南極だろ! それに置いてった訳じゃない、観測船に潜り込むスペースが一人分しか無かったのが悪いんだよ! ちゃんとユーラシアで待ってるって言ったじゃん!」
「いるにはいましたよ、ユーラシアにね! ご存知で? リスボンからウラジオストクまで全てユーラシアなんですよ! あの時ばかりは本気で見放されたかと……何でオーストラリアじゃないんですか!!」
「だって南極行く前はオーストラリアにいたじゃん。やっぱり旅行するなら色んな所がいいし」
「その手前勝手な我が儘のおかげで、僕は二年間もユーラシアで君を探し回る羽目になった!」
「何言ってんのさ、俺達にとっちゃ、瞬き一つだろ。今更ぐだぐだ言うなんて大人気ない」
「大人気に関してはあなたに言われたくありません。小さな少年を極寒に置き去りにするあなたにはね!そうは思いませんか!」
「あ?」
いきなりこちらを向いたオッドアイに剣呑な光を宿して睨み付けられた。
「コロネロは俺の味方だよね!?」
幼い蜂蜜色の目が幼いはずなのに絶対的な脅迫を含めてコロネロを睨み付けた。
どうしろって言うんだ、コラ……。
双方からの圧力に思わず遠い目になってしまう。端から見ていれば、まるで小さな子供をいい大人が虐めているようにしか見えないのに、話を聞いてみればあまりにあまりな横暴を振るっているのは、どう聞いても小さな子供の方だった。
どう反応して良いか分かず黙り込んだコロネロに、先に痺れをきらしたのは綱吉だった。
「うぅっ、コロネロの馬鹿ぁっ!」
情けない顔で小さな体がコロネロに突撃する。見事に鳩尾にめり込んだ頭に、むせ返りながら彼は幼い主を抱き止めた。
しっかりと大きな帽子を被って陽を遮っている綱吉だが、それでも遮切れなかった陽光に白い肌が赤くなっている。そう言えば、子供の肌は大人が思う程、日焼けには強くなかったのだったか。聞きかじった知識を思い起こして、コロネロは眉を寄せた。それが吸血鬼ならば尚更ではないか。
何事かと綱吉が首を傾げた時、不意に視界が白く覆われた。
「へ?」
「被ってろ、コラ」
白を掻き分けて顔を出せば、コロネロが太陽の下で顔を歪めて立っていた。白いシーツを被されたのだと納得してから、綱吉はあわあわとする。
「ちょ、え……コロネロだって太陽に弱いのは一緒じゃんかっ。返すよ、俺は大丈夫だしっ」
「ガキのくせに何言ってんだ」
「ガキじゃないもん! 俺はれっきとしたオールドブラッドだ!」
「だから、こうすればいいと」
口論になりかける二人を呆れた視線で眺めやった骸は、ぱちんと指を鳴らした。
青い空に浮かぶ陽光が、突如として姿を現した雲に覆い尽くされる。更にはどこからともなく、濃密で重量感のある霧がどんどんわいて、周囲を埋め尽くして行く。骸が何かしらの術を使ったのだろう。そう納得して曇天を見上げるコロネロの隣で、綱吉が呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「ほら、これで太陽は隠れました」
「お前! せっかくの青空だったのに!」
「青空って……君は本当に吸血鬼ですか」
げんなりとして呟いた骸の足を、その身長の半分にも満たない綱吉がぽかぽかと叩いた。何だか情けなくなったコロネロが、シーツごと綱吉を抱き上げる。
「うわ、コロネロってでっかいな」
暴れていた綱吉が不意に大人しくなった。どうやら高い位置からの眺めを気に入ったらしかった。どれだけ生きてきたかは知らないが、まさしくガキそのものだ、と思ったのは内緒だ。
羨ましそうな骸といい、それらしくない綱吉といい、今まで出会ってきた全てとはまた違う、新たな風を見つけた気がした。それまでと言えば、ただ吸血鬼を殺して回るだけで、これといって刺激の無い生活ばかりだった。毎日が同じように過ぎていく。生死の狭間で緩慢に毒に侵されてゆくような感覚に辟易して、更なる危険に生を見出していた。
だけれど。
こんな風に、過ごす日々は、悪くはない。
「コロネロ?」
幼い笑顔が視界を遮る。
例え吸血鬼であっても、その笑顔に嘘は無い。
コロネロは、不意に訪れた何かに、何故だか泣きたくなった。
いきなりぽろりと涙をこぼした大の男を見て、骸が絶句した。その骸の様子を見て首を傾げた綱吉が、コロネロが泣いている事に気付いて慌て出す。
「どうしたのさ、コロネロ!?」
俺何かした、と腕の中で暴れ出す幼児をぎゅっと抱き締める。蛙の潰れたような声が聞こえてきたが気にしない。ただ小さく大きいこの存在を逃がしたくなかった。
心配そうに自分を呼ぶ声。それに首を振って応えるも、涙は止まりそうもない。
何故だか、何故だか、とても。
泣きたい訳じゃない。
ただ途方もなく。
安堵した。
大理石の床を泥だらけの軍用ブーツで遠慮なく汚して行く。
すれ違う人が女の荒々しくみすぼらしい格好に目を見開くが、彼女はそんな白い目をものともせず、目的の一室へ急いでいた。ゴーグルのおかげで表情は見えない。擦り切れたマントを翻すと、鍛えられてはいるが女の色に満ちた肢体が姿を現す。黒髪が風に揺れ、女の背に落ちた。
彼女は迷いない足取りで人気の無い廊下を奥へ奥へと進んでいく。
そして着いたのは、厳重なセキュリティーロックのかかった部屋だった。
硬質な金属の扉の横で、声紋、掌紋のチェックを受けてから、ようやく開いた扉の奥に進む。そしてその小さな小部屋で、機械による盗聴器と発信機のチェックをしてから、更に奥、ようやく目的の会議室へ通じる廊下へと進んだ。
会議室までに至る廊下では、いたる所に、大蒜、太陽光、聖書、十字架、流水、更には術士による本格的な結界が張られ、吸血鬼が入って来れないようにしてある。
女は淀みなくその廊下を進み、そして最後の扉を開けた。
クリーム色を基調とした、宗教的な建築物に似たその大会議室には、既に三人、到着していた。
まとまること無く、思い思いの位置にいる面々を一瞥した女に、皮肉げな声がかけられる。
「入ってくる時はノックぐらいしたらどうだい?」
フードを被った顔の見えない細っこい青年が、丁度扉の横に立っている。鼻を鳴らして笑うと、口元がむっとしたように尖った。
部屋の片隅にもたれかかっているのは、ライダースーツにヘルメットの少年だった。顔は見えないが、視線はこちらに向いて動かない。
最後に、一人だけ席につく、長い足を組んでコーヒーを飲む真っ黒い男を見る。これから葬式か、と言いたくなるほどに黒いスーツを着た彼は、ボルサリーノのつばを上げた。
「……これだけか?」
「ああ、他は来ないそうだ」
女の問い掛けにカップを置いて答え、彼はふんと鼻を鳴らした。
極端に人口密度の低い大会議室。
女はもう一度見回して、そしてやはり目的の顔が見当たらない事に唇を噛んだ。
その様子を見た黒づくめの男が、言い放つ。
「コロネロは来ねえぞ、ラル・ミルチ」
「っ」
図星を刺されて、ラルが息を呑んだ。
ライダースーツの少年が気の毒そうにこちらを見やるのに、殺気を込めた視線で返す。
嫌な沈黙が下りた部屋で、男は、空気を無視して言い放った。
「コロネロは俺達を裏切ったんだ」
しばらくして泣き止むまで、綱吉はずっとコロネロの頭を撫でていた。
きらきらとした太陽の髪。さらりとしているかと思えば、意外と固い髪質だった。シャンプーの香りとコロネロの香りが混じって、鼻孔に柔らかく香る。白い肌は日に若干焼けている。小さな傷を額に見つけた綱吉は、その傷の理由を思った。
ヴァンパイアハンターだった彼が、今までどれほどの任務をこなしてきたかは知らない。知らないが、あの時、死にかけた彼の目に見えたものは、戦いの中で死に行く戦士の目ではなく、決して逃れ得ない沼で足掻く人の狂おしいまでの生への渇望だった。だからこそ、彼を自身の血族に加えようと思ったのだ。
直感的にこの青年を、血族に加えるべきである、と理解したのだ。
結果的に、この直感は正しいと思う。自分の血は、第六感に特化するものだけれど、それを抜きにしてでも、あの時に感じた思いは正しかったはずだ。
生きたい、と思う人を助けた。諦めたくない、と嘆く彼を救った。
きっと、あの時の彼の目は、遠い昔、血族の始祖と出逢った時の自分と、同じ目をしていたのではないだろうかと思う。それなら、この青年を血族に加えたいと思った自分の感情も直感も、理解出来る気がするのだ。
問題は山積みで、考えるのもげんなりしてしまう程に、この先の道は薄暗い。これから困難ばかりになってしまうだろう彼を、荊道に導いた者として、ずっと守って行くのが自分の義務だ。
吸血鬼の生は果てしない。
その為に生きる事に倦んでしまう者も多かった。今までどれだけの同朋を見送って来ただろうか。綱吉は砂となり、地面に還った黒い血をほんの少し、悼みながら、コロネロの頭に自身の顔を埋めた。
だけど、自分はまだここにいる。
そして、血族に新たに彼を加えたのだ。
だったら、楽しんでみたいじゃないか。
彼の頭を撫でながら、名を呼んだ。
声だけで返した青年は、綱吉を掻き抱く腕を緩めた。
「俺さ、行ってみたいとこがたくさんあるんだよ」
刻々と移り行く世界は、留まる事を知らない。昨日見たものが、今日と全く違う事だってある。世界の全てを見尽くす事は決して叶わないが、しかしそれでも新たに出来上がったものを見る喜びは、いつだって格別だった。
だから、と続ける。
「一人じゃ寂しいから、一緒に行こうよ」
振り返って、所在なさげに立ち尽くす骸にも笑いかける。
「千種と犬とクロームも連れてね」
「僕は留守番ですか?」
「もちろん骸もだよ」
それから綱吉はコロネロに向き直った。
ようやく顔を上げた青年に微笑みかける。
「みんなで、一緒に行こうよ」
「それは、」
「どうせ時間は腐るほどあるんだし、色々問題ばっかりで大変だけどさ、だから楽しみたいじゃんか」
数度瞬いたコロネロが、頷く。
それを見て、ぱあっと綱吉の顔が輝いた。
楽しそうにコロネロに抱き付いた幼児を、おずおずとコロネロが抱き返す。
小さな古血からは、自然の匂いがした。
時と共にここにあり、遥か遠くから世界を見つけて来たこの子供。人臭い吸血鬼。
森の奥、忙しすぎないこれから始まるであろう生活を考えただけで、頬が綻ぶのを感じる。
何より、この闇の父が一緒にいる、という事実が、コロネロの心にほんのりと、温もりを残した。
仕方無い。
そう言ったのは、フードを被った青年だった。ライダースーツの少年が首肯し、黒いスーツの男は黙って立ち上がる。
ラルは顔を歪めた。
かつての教え子で今の同僚は、もうその血を闇に染めてしまったのだ。そして一度染まった黒き血は、二度と赤には戻らない。
アルコバレーノの一員であるコロネロが敵に回り、更に吸血鬼の能力で強さを増したとあれば、黙って聞いている訳にもいかなかった。なにかしらの対策をうたねばなるまい。
そして今、一番手っ取り早い方法を、ラルは知っていた。
転び立ての吸血鬼は、古血に比べて格段に弱い。人の装備であっても、難なく、殺せる。
彼女は、拳を握った。
「コロネロを殺す」
あとがき
最近の日記は意味不明が多い気がする。うん、ちゃんと書かないと……といいながら、今日も今日とて基●外じみた叫び声からのはじまりでした。
えーと、まあちょこっと加筆修正しました。修正しても何だか置いてけぼりをくらった文章になってますね。はい、余裕無くてすみません。見切り発車もいいとこで、漠然とゴールはあるものの、そこに至るまでの道のりがまだ分かっていないという自堕落ぶり。コロ綱、好きです。その割にはコロネロが全くと言っていいほどしゃべっていないという何このマジック。何か彼はキャラがつかみにくいよ奥さん(誰だ)
まあそんなこんなで波乱万丈編がスタート!次から話が動く、かな。動いたら、いいなあ……。
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