宗介→コロネロ
かなめ→綱吉
恭子→山本
マオ→ランボ
クルツ→リボーン
涼やかな春の空気に、透き通るような空の色。
文句無しに気持ちの良い朝だった。
大きく伸びをして新鮮な空気を吸い込めば、体の隅々まで洗われていくような気がする。
「っし」
小さく声をあげてから腕を振り下ろす。
今日は何だかいい日になりそうだ。
柔らかな風に飴色のくせっ毛を揺らして、綱吉は高校への通い慣れた通学路を歩いている。
鼻歌を歌っていると、急に肩を叩かれた。
「つーな!」
振り向けば、同級生である山本武がいた。
「おはよ!」
「おはよう、山本」
にかりと笑ってそのまま綱吉の隣に彼は並んで歩き始めた。
特徴的な日焼けをしている彼は、二年だが野球部のエースだ。スポーツマンらしい快活な性格で、中学、高校と変わらず誰からも慕われている。親しくなって初めこそ、自分みたいな駄目人間が仲良くしていいものかと悩んだが、今ではもう悩むのが面倒になって、なるがままにしている。
「今日、数学の小テストだろ? 勉強したか?」
「新作のゲーム攻略に夢中だった」
「じゃあ今日も一緒に居残りだな。俺もずっとテレビ見てた」
顔を見合わせてにやりと笑みを交わした。
また補習だ、やべえ、と言い合っていれば、徐々に見えてきた並盛高校の正門での阿鼻叫喚が目に入った。思わず二人揃って遠い目をしてしまう。
ずらりと並んだ学ラン姿のリーゼント集団が、ネクタイをしていなかったりシャツを外に出したり、と風紀を乱した生徒達に制裁を加えていたのだ。抜き打ちだったせいか、犠牲者は普段の風紀チェックよりもずっと多い。
心の中で餌食になった生徒らへ合掌してから、二人は慌ててネクタイを締め直し、シャツをズボンの中に入れてから恐る恐る正門へ進んで行く。
ブレザーが制服のこの並盛高校において、学ランの方が風紀を乱しているのではないかと言う疑問は、口にしてはならない禁忌である。その証拠に、この瞬間にも二人の横で文句を言った生意気な一年がトンファーの錆と消えた。
「咬み殺す」
舌なめずりし、トンファーに滴る何かの赤い液体を振り払った彼は、頬を引きつらせた綱吉と山本に気付いた。
「ああ、おはよう」
「……っす、先輩」
「おはようございます……相変わらずですね、雲雀さん」
地面のあちこちに転がる人のようなものからなるべく目をそらして、綱吉は笑顔で答える。歪んだ笑みになるのはご愛嬌だ。
同じ中学の先輩で、その時から恐怖の大王たる彼とは、浅からぬ縁がある。
誤って風紀委員の部屋に入ってしまった過去を呪いたい。気に入られたらしく、何かとちょっかいを出される。それも、猫からではなく大型の肉食獣からのちょっかいである。洩れなく大小の怪我を負うのはいつもの事だった。
黙っていれば、雲雀の手が綱吉の喉元に伸びる。
思わず凍り付いたが、彼はつたなく結ばれた綱吉ネクタイを解くと、的確に結び直していく。
「ネクタイの乱れは風紀の乱れだよ、綱吉。今回は見逃してあげる。そっちの君もね」
雲雀の目は山本のズボンからはみ出たシャツに向いていた。
「さっすが先輩!」
「っていうか、風紀委員はネクタイすらしてないんじゃ……」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何も!」
睨まれ、反射的に背筋をぴんと伸ばした。
「まあ、いい。ほら、早く行かないと遅刻するよ」
「先輩達は行かないんすか?」
山本の素朴な疑問に、陰惨な殺気をまとって凄絶な笑みを浮かべた雲雀は、うっそりと答えた
「遅刻者がいるじゃないか」
今日という日に遅刻してしまった者達の末路を想像してしまった。涙と汗が出て来る。
ぎらぎらと目を輝かせた黒豹と子羊二人の図、という現代日本であまり見たくない絵は、一つの怒声で吹き飛んだ。
「何だこれは!」
風紀委員の一人が、生徒を怒鳴りつけている。対する生徒は涼やかに答えているが、その光景はあまりにも物騒だった。
生徒の鞄から覗いているのは黒光りする金属体だ。ドラマや映画でも馴染みのそれ。
「学校にエアガンを持ってくるとはどういう神経だ!」
「エアガンじゃねぇ。本物だぜ、コラ」
「尚更悪い!」
その生徒は色あせた金髪を短く切って都市迷彩のバンダナを巻いている。この学校は国際交流を目指しているので、約三十ヶ国からの留学生がいる。生徒数自体も多いので、別に外国人は珍しくはない。ただ、視線の先の少年は、普通の留学生とは毛色が違っている。もちろん雰囲気だとか性格だとかの意味で。今だって風紀委員の怒声に怯えるどころか、不満そうにしていた。
「扱いには注意しろ。素人はあまり触るな」
偉そうだ。しかも、鞄を探ってみればまだまだ出る。
小銃、サブマシンガン、手榴弾に閃光弾。
リーゼントのむさ苦しい風紀委員が、クレイモアらしきものを手に、ぷるぷると震えている。
「軍オタ?」
「かなぁ?」
小声で交わしていると、雲雀がトンファーを持って何も言わずに静かに騒動の方へと歩いていった。
こうなれば起きることは一つしかない。
軍オタ少年の冥福を一秒だけ祈ってから、二人は校舎へとダッシュした。他の生徒も同様だ。
後ろから聞こえてくる爆音やら何やらを一切聞こえないふりをして、二人は校内へ駆け込んだ。
朝のホームルームは、いつもより五分ほど遅れて始まった。と言うのも、担任が来なかった為である。
目付役が来ないのをいいことに、騒ぎまくる同級生と同様、綱吉と山本もとりとめの無い話をしていた。昨夜のドラマの佳境部分で盛り上がっていた時、丁度教室の前の扉が開いて、担任である中年の男が疲れた風情で入ってきた。
「全員、席に着けー」
がやがやとしながらも一応、生徒達が座ったのを確認してから、彼は全員を見回して口を開いた。
「このクラスに留学生が来る事になった。イタリアから日本の文化を学ぶために、長期間の留学をするそうだ」
途端に色めき立ったクラスに、静かに、と叫んでから、彼は教室の外へ、入れ、と告げた。
がらり、と扉が開かれた瞬間、嬌声と溜め息が教室に響き渡った。
女子の表情は軒並み、獲物を狙うぎらぎらとした獣になっており、男子はげんなりと留学生の顔を眺めている。綱吉と山本も同じく、溜め息をついたが、それは別の意味を含んでいた。
跳ねた金髪に都市迷彩のバンダナ、野性味溢れる荒削りな美形、きびきびとした動きで担任の横に並んだ彼は、休めの姿勢で教室を睥睨している。
思いっきり、見覚えのある顔だ。
「なぁ、ツナ。あいつって、朝の……」
「だよね。このクラスだったんだ」
隣の山本から話し掛けられ、呆れ気味に答えた綱吉に、そうじゃなくて、と続けた。
「怪我してない」
はっとして、もう一度留学生を眺めてみれば、かすり傷一つ付いていない。あの雲雀が校則違反者を見逃すはずが無い。いつもなら、あれだけの騒ぎになれば『咬み殺された』人は、大抵ぼろぼろになっているものだ。
何となく、嫌な予感がする。
漠然としたそれだが、この勘は意外に当たる事が多い。
あんまり近付かないようにしよう、と心の中で決めた綱吉の隣で、山本はぼうっと、留学生を眺めていた。
「じゃあ、自己紹介してもらおうか」
留学生が一歩前に出る。
顔をくいとあげた彼は、良く通る声を張り上げた。
「本日付けでこちらの所属となった、コロネロ軍曹だ! よろしく頼むぜ、コラ!」
ふむふむ、と頷いてから、全員がややあって首を傾げた。
何かおかしくないか?
慌てて教師がフォローした。
「こ、コロネロ君はイタリアからここに来たんだよね、むこうはいい国か?」
「いえ、出身地はイタリアですが、その後はイランやサウジアラビア、レバノン、トルクメニスタンなど、中東の紛争地帯で活動し、ここに来ました。イタリアは日本人も良く来ます、きっといい国なのでしょう」
全員の顔が盛大に引きつった。
担任が口をぱくぱくさせているのを見て、クラスのムードメーカーたる山本が恐る恐る声をあげた。
「軍曹って、どういう意味?」
「軍曹は軍曹だぜ、コ、ラ……」
余計に首をひねった生徒達にようやく気付いたのか、冷や汗を流しながら彼は頬をかいた。
気まずい沈黙の中、コロネロが口を開く。
「わ、忘れてくれ」
そしてしょぼんとした。
たっぷりの気まずさを残して、ホームルームは教師の戸惑いたっぷりな声で終了を告げられたのだった。
あ、と声をあげて、帰りかけた担任が振り向く。
「忘れてた、席なんだがな」
教室を見て、彼はある一点に目をつけた。
「そこにするか」
綱吉が目をぱちくりとさせた。
担任の指は綱吉の隣を指している。
「沢田、机と椅子を取りに行くのを手伝ってやれ。用務員さんには話してあるから」
へ、と間抜けた声を出した綱吉に目もくれず、担任は教室を出て行った。
右では山本が、どんまい、と呟き、左には机一つぐらい置けそうなスペース、そして前を見れば、じっとこちらを見てくる留学生。
「……えーと」
何で俺が!
声を大にして叫びたい。
関わらないと決めたというのにこの仕打ち。
神様、俺が嫌いなんですか。
溜め息をばれないように小さくついた綱吉は、ひとまず立ち上がった。
微動だにしない留学生に視線をやり、意を決して口を開く。
「つ、ついてきて」
出て来たのは、何とも情けない声だった。
留学生は綱吉を真正面から見つめ、そしておもむろに頷いた。
「よろしく頼む」
用務員さんが事前に用意していたいくつかの机と椅子セットの中から、丁度合うものを選んで教室へ持って帰る。
机は留学生が、椅子は綱吉が持って、授業中の廊下をぽつぽつと進んで行く。
「幾つか質問をしてもいいか?」
「う、うん。いいよ」
留学生は一つ、咳払いをした。
「氏名を教えてくれ」
「あ、自己紹介まだだったよね、ごめん」
金髪が窓から差し込む日で、きらきらとするのを見ながら、綱吉は続けた。
「俺、沢田綱吉って言うんだ。みんなからはツナって呼ばれてる」
「そうか。じゃあ、ツナ」
ライオン。でも、目は猛禽類みたいだ。青い鋭い食らいつくような目をしている。金色の髪は、たてがみみたいなのに。
とりとめの無い事をぼんやりと考える綱吉へ、コロネロは真面目くさった声で尋ねた。
「ところで、俺は以前、ツナと同じ部活に入ってた。そこでは、部活の誰からも頼りにされていたんだ。だから、ツナの部活に入りたいんだが……」
至って、仏頂面だ。
綱吉は、頬が引きつるのを必死でこらえた。
じっと綱吉を見つめる留学生と、それを笑顔のようなもので見返す綱吉。
不思議に凍りついた空間の中、綱吉は口を開いた。
「俺、帰宅部だけど」
その声は、冷ややかと言ってもいいものだった。
玄関の扉が開く音がして、天辺から爪先まで黒い男と軍服をまとった男は、そろっては振り返った。
一般的なマンションの一室だ。
オレンジの灯りの下で、消沈の面持ちのコロネロが立っている。
靴をぬいで、とぼとぼと室内に入ってくるのを見て、黒服の方が面白そうに声をかけた。
「どうだった、任務は?」
その言葉に、コロネロは尚更肩を落とした。首を振り悄然としている。
「ダメだった」
「珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」
目を丸くした男の横で、軍服が眉をひそめた。
「失敗したんですか?」
「いや、失敗はしていないが、俺は――」
そのまま自室へと戻ろうとするコロネロを黒服が乱暴に首根っこを掴んで引き戻した。
「失敗じゃなけりゃ何だってんだ気色わるい。テメエが無理ならランボに交代してもらう」
「ちょっと、落ち着いて下さいよ、リボーン」
振り返ったコロネロは大きなため息をついた。
リボーンは瞬く。本当に珍しい。
若干自嘲めいた笑みを浮かべながらコロネロは言う。
「俺は、沢田綱吉に嫌われたらしい」
「……それがどうした」
「まあ、護衛はしにくいとは思いますが」
「近寄るなとさえ言われた」
「お前何したんだよ」
「……かわいかったから」
コロネロは視線をふいとそらす。
ランボとリボーンは目を合わせた。
何となく、嫌な予感がする。
「本当に、男なのかって」
リボーンは、無言でコロネロを殴った。
後書き
続きません。
あまりにも更新出来ていないので、昔書いたのを修正して投稿してみました。
レナード→骸、テレサ→クローム、椿→了平、林水→雲雀、ガウルン→ザンザス、カリーニン→ラル、金○姫→獄寺、マデューカス→スカル……とやってみたところで、あんま自分が面白くなかったので中断。
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