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燃焼

   

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ある夏の夜②【APH】


※人名表記、暴力表現あり、ホラーのような違うような。





 さて、ちゃんと夜食も食べましたし、そろそろ始めましょうか。
 何年前でしたか、昔の話だそうですよ。知り合いの知り合いがやったことだそうです。


 目をすがめて上の方を見る彼は、どうやらつたない記憶を手繰り寄せているらしい。
 しばらくの後に、ぽつり、と話し始めた彼の唇は、薄く弧を描いていた。



『ひとつ』



 昔の話です。
 いえ、それほど昔というわけではないかもしれません。
 ある一軒のお屋敷のお話なんです。
 そうですねえ、うちと丁度間取りは同じですよ。昔の家の建て方は、どこも同じでしたから。今の流行りの洋風の家は、便利は便利ですが、この国の気候と合わないように思うのですが……いえ、嫌いなわけではありません。ただ、自分には何となく、不釣り合いなような気がして。だから今でも、こんな古臭い家なんです。
 話が逸れましたね。
 一人の男がいました。
 彼は家を探していたんです。
 それというのも、実は男には恋人がいて、恋人と暮らすための家を探していたんです。
 美しく、優しく、時に弱いところを見せ、けれども、高いプライドのせいで素直になれない可愛い恋人です。
 彼は、その恋人を愛していました。
 恋人とはずっと会える訳ではありません。彼にも、恋人にも、仕事がありましたから。会えるのは、多くても、半年に片手で足りるほどでした。
 ならば、せめて、会える時ぐらいは、恋人と楽しい時間を過ごしたい。穏やかに休める時を過ごしたい、そう思っていました。
 彼は、ともに安らかになれる家を望んでいました。自分だけがくつろいでも仕方ないでしょう?
 恋人に尋ねてみると、滅多に我が侭を言わず……言わない、と言うよりは、言えない、でしょうか。高い自尊心が邪魔をしてしまって。その恋人が、この国らしい家がいい、と。どこでも寛げて、開放的で、格式張らない家がいいと言ったんです。
 彼は、張り切って探しましたよ。
 愛してるのです。小さな願いぐらい、叶えたいと思うのは、必定でしょう?
 けれども、どれだけ探しても、恋人が望むような家は見つからなかった。
 彼はひどく残念に思いました。
 建てても良かったのですが、丁度その頃、手頃な土地は無かった。何日も探して、その度にがっかりして。
 ……しかし、ある日、ようやく見つけたのです。
 その屋敷は、古くからあり、周りは温かな人々に囲まれており、涼やかな風が通り抜け、穏やかな日差しに目を細めながら縁側に寝転がられるような――理想の、屋敷でした。
 彼は喜びました。
 ええ、苦労が報われたのですから。
 だけど、世の中、そううまくいくものではありません。
 ……いえ、その屋敷で幽霊が出るだとか、そういうのではなく、単純に、まだ人が住んでいたんです。
 若い、女性でした。
 家族はいませんでした。
 身寄りもありませんでした。
 彼女は大きな病を患っていて、もう幾ばくかの命でした。
 白いワンピースを着て、白いカーディガンを羽織って、そのやせ細ったみすぼらしい体をどうにか形良くしようとしていました。患う前は見事だったであろう長い黒髪も、くすんでいて、見るからに幽鬼のような有り様。眼窩は窪み、頬はこけ、美貌も形無しです。
 枯れ木のような手足で、彼女が男を対応した時、彼は不謹慎ながら喜びましたよ。
 どうせ、彼女は死んでしまう。それも、すぐに死にそうだ。その後で、この屋敷をもらいうけよう。
 邸自体は彼女のものでしたから、彼は幾度か交渉に行きました。
 屋敷を売ってくれ、莫大な金を出す。あなたの菩提を弔うから、あなたの証を大切にするから、と。
 けれど、いつだって彼女の回答は決まっていました。
 『自分が死んだら、この屋敷は焼き払います』
 それも、村長に金を払って、焼いてもらうのだと言いました。その村長も、なかなか融通のきかない情に流されやすい人間で、彼の話を聞いてはくれなかった。
 彼は苛つきました。ふざけてるとしか思えませんでした。
 この屋敷を、恋人の望む理想の家を、小さな願いを、彼女は何の理解もすることなく、妥協案も理由も無しに焼き払おうだなんて! 理解しがたいことです!
 ――ふふ、ちょっと熱が入り過ぎちゃいました。大丈夫、大丈夫ですよ。話を元に戻しますね。
 彼にとって恋人は至上。愛すべき者。
 何とかして、屋敷を手に入れたかった。
 交渉の度に、女性に懇願しましたが、その度、すげなく断られた。
 何度ってどのくらいかって?
 よしましょう。何度だっていい。彼が、その屋敷のことしか考えられなくなるぐらい、です。……今、思えばどうしてあんなに執着をしていたのか――屋敷に、魔力でもあったのでしょうかねえ。彼女も、どうしてあんなに、屋敷を燃やしたがったのか、分かりません。
 曰く付き、というやつだったのかもしれません。
 彼も彼女も、その屋敷に囚われてしまった。
 その結果は、悲惨なものでした。
 彼は、ついに、彼女を手にかけてしまった。
 そうです。殺してしまったんです。
 彼女に身寄りが無かったのが、幸か不幸か。
 最後の交渉の場で、思い通りにならない彼女に業を煮やして、その細い首に手をかけた。
 病に身を削られていた彼女です。抵抗する力も無く、彼に殺されてしまった。
 ……そして彼は、この屋敷を手に入れた。
 この家と間取りが同じ、と言ったでしょう?
 ふふ、この隣の部屋です。
 はい、そうですよ。私の真後ろの襖が、隣の部屋の入り口です。
 物分かりの悪い、強情で馬鹿な小娘が死んだのは。
 こんな暑い日でした。生温かい、じめっとした夏の日。
 遺体は山に捨てましたが、蚊と虻が酷くて、閉口しました。体力も無かったから、汗だくで、情けないことに翌日は筋肉痛になったり……。
 でも、恋人の為ですもの。
 なんだってしますよ。なんだって。
 彼は屋敷を手に入れた。
 ひとりの女が病気で死んだ。
 彼は恋人と仲睦まじく暮らした。
 ――それでいいじゃありませんか。
 ……私の話はこれで終わりです。
 いいんですよ。別に怪談話じゃなくても。本当の百物語も、不思議な話だって勘定に入れますから……確かに、今のは不思議な話ではないですね、ふふ。
 さて、では次の方……ああ、その前に、最後に一つだけ。
 彼女、最期に、首を絞められながら、一言だけぽつりとこぼしたんですよ。
 ――忘れない、って。
 呼吸も出来ず、喉を潰すように絞めていたのに、その音だけははっきりと、不思議なことに掠れてさえいなかったんです。
 いつもと変わりない声で、そう言ったんです。
 彼女の記憶なんて、もう微かにしかないのに、その声だけが今でも耳にこびりついて離れないんです。
 忘れない、というより、忘れられないんです。
 本当、不思議なことですよ。
 ……蛇足でした。
 今度こそ私の話は終わりです。
 次は、そうですねえ。フランシスさん。
 私の国の文化にお詳しいあなたなら、百物語にぴったりな話もご存知ではありませんか?
 ああ、やはり。
 ではお願いします。
 私は少々、話し疲れました。
 久々に、記憶を辿って――疲れました。
 大丈夫です、ギル。ありがとうございます。あなたもそろそろ話を考えていた方がいいですよ。昔やった時みたいに、ひよこのテレポーテーションとか言い出したら、ただじゃおきません。
 ルートヴィッヒさん、そんなお顔をなさらないで下さい。ギルに悪気が無いのは、ちゃんと分かっていますよ。あなたは本当に苦労性ですねえ。
 ね、フェリシアーノ君。おや、そんなに怖がらないで。ちょっとしたお話じゃないですか。大丈夫ですよ。偶然、間取りが一緒ってだけですから。偶然、ね?
 ……どうしました?
 お顔が真っ青ですよ?
 フェリシアーノ君よりも……そんなに怖い話でしたか?


「アーサーさん?」


 今の話は何だったんだ。
 流れ落ちる冷や汗。
 蒸し暑いはずなのに、どうしてこんなに寒いのだろう。
 アーサーは、うつむいた。
 心配そうに声をかけてくる面々は、首を傾げている。
 だが、顔を上げたくない。上げられない。
 上げてしまえば、本田の顔が、目に入る。
 ゆらり、と本田が行灯の炎を吹き消した。
 明るさはあまり変わらない。
 ちろちろと揺れる明かりは、部屋を照らし足りずに、小さな闇をいくつも作る。
「何なに、そんなに怖かったの、アーサー?」
「ケセセ! だらしねぇな!」
「お二人とも、やめなさい。……アーサーさん? ご気分が優れないようでしたら、先に部屋に案内しましょうか?」
 立ち上がり、アーサーの方へやって来た本田は、彼の背をさするように撫でた。
 この手。
 黄色人種の色。男にしては小さめの手。
 その手で、本当に――いや、そんなはずはない。あるはずがない! 彼は、そんなことをするようなやつじゃない!
 アーサーさん、と呼びかけられ、ようやくアーサーは顔を上げた。
 左後ろからアーサーの背をさすっている本田は、いつもの本田だった。優しい、いつもの本田。
 同盟を結ぶ際、俺の我が侭を聞いてくれて、この国に来るときぐらいはゆっくりしたいという話を、真面目に聞いてくれて、今まで住んでいた城から出て、人里で穏やかな生活を教えてくれた、本田。
 同じ話じゃないか。
 違うのは、恋人同士じゃなくて、単なる俺の――。
「アーサーさん、本当に……」
「大丈夫だ」
「そうですか、あまり無理をなさらないで下さいね」
「ああ、ありがとう」
 本田は、にっこりと笑うと、自分の座布団に戻って行った。
 ここを抜けて寝るにしても、今の話を聞いたばかりでは寝つけそうになかった。
 フランシスが、にやりとしながら、次の話を始めながらも、アーサーの頭の中には、ぐるぐると先程の話が渦巻いていたのだ。本田の語った、不思議な話。
 まさか、俺は彼を疑っているのか?
 親切にしてくれた、好意でこの屋敷を提供してくれた、優しい彼を?
 そんなことは許されない。
 本田も本田だ。いい思い出だったのに、どうしてこんな話をするんだ。少し、怖くなったじゃないか。
 恐怖が徐々に、怒りへと変わってくる。
 腹立たしく思いながら、本田を軽く睨み付けた。彼は、こちらの考えていることも知らずに、フランシスの話を熱心に聞いている。当然、睨んだことにも気付いていない。
 がっかりした次の瞬間、怒りも苛立ちも全て吹き飛び、ざっと全身が恐怖に固まった。
 ――私の、後ろの部屋ですよ。
 本田の言葉が脳内でがんがんと響いた。
 アーサーの目の前の本田の後ろの部屋。
 そこが彼女の死んだ部屋。
 その部屋の入り口が、小さく、細く開いていた。
 それだけなら構わない。
 それだけじゃなかった。
 細く細く開いた襖の隙間から、見えるのは細く小さな白い、病に犯された女の指先が――――

「うわあああっ!」

 思わず飛びすさった。
 隣で話していたフランシスが、驚いて話を止める。
「ちょっと、どうしたの」
「今、いま……」
 何を言えばいいのか分からない。
 本田はアーサーの視線を追い、振り向いた。
 彼女が、死んだ部屋。
 小さく開いた襖は見えるが、そこには何も無い。
「……何も、ありませんよ?」
 棒立ちのアーサーに告げる。彼はまだ、隙間に釘付けだった。
「……今、女の指が、そこから見えて」
「……アーサーさん」
「それで、消えて」
「アーサーさん。偶然、同じなんです。別に彼女はここで亡くなった訳ではありません。アーサーさん、きっと、幻です」
 フェリシアーノが極端に怯えている以外に、誰しもがアーサーを不安そうに見やっていた。
 その面々を順々に見て、アーサーはそろそろと座り直した。
 疲れているのかもしれない。
 子供だましの、怪談話に踊らされるなんて。
 ため息をついたアーサーは、フランシスに続きを促した。



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