いささか遠い目的の地までは、馬で駆けねばならない。
鼻歌を歌い見るからに上機嫌なルルーシュの三歩後ろに付いているのは、片目を華麗に装飾されたマスクで隠した男だった。
ルルーシュが生まれてからずっと、殿下命をモットーに忠誠を誓う彼、第一騎士のジェレミア・ゴットバルト伯である。例え、自身が過去に巻き込まれた不正疑惑をもじったあだ名を付けられようが、アッシーとして利用されようが、パシリとして利用されようが、それでも忠誠を誓い続けるのはある意味変態じゃないかと一部で物議をかもしていた。その一心ぶりには、当のルルーシュでさえ恐れる程である。忠誠が服を着て歩いていると言っていいぐらいだ。
「ご機嫌ですね、ルルーシュ様」
ああ、と答えたルルーシュは歩きながら隣の地面を指差した。一礼したジェレミアが、主の隣へ馬を走らせる。
「機嫌がいいに決まってるだろう? ナナリーに会えるんだぞ!?」
「ユーフェミア皇女殿下とコーネリア皇女殿下のご配慮だとか」
「ああ、俺が仕事で構ってやれないからな……、四、五日面倒を見てやるからと姉上が言ってくれたんだ。おかげで三日と五時間二十九分もナナリーに会えていない」
しゅん、と悲しげにするルルーシュを見て、慌ててジェレミアは言葉を連ねた。
「しかしこれから会いに行かれるのでしょう? ナナリー様もお喜びになられますよ」
「そうならいいんだが」
ルルーシュは苦笑した。
彼の妹、ナナリーは血の繋がりを持つただ一人の家族だ。彼女は母が死んだ時に巻き込まれ、足と目を病んでしまった。それからと言うもの、ルルーシュが全力で彼女を守ってきたのだ。ジェレミアの忠誠にも劣らない昔からのシスコンぶりは健在で、今でも妹の為ならば何だって出来る兄である。
歩いている内に、リ家の住まう離宮が見えてきた。
その豪勢さに、ルルーシュは小さく眉を寄せる。主の複雑な胸中を察したのか、ジェレミアは黙って主を見つめた。
「……ルルーシュ様」
「弱肉強食、まさにそうだな。アリエス宮とは比べ物にならない。だが、俺達はこれでいいのかもしれないな」
「ルルーシュ様は皇位を目指されないのですか」
ルルーシュは目を伏せた。
太陽が眩しかったのだ。
「お前達には申し訳無いと思っている」
ぽつりと呟かれた言葉こそ、答えだった。
いえ、と慌ててジェレミアが首を振る。
「そういうつもりで言った訳ではありません。ルルーシュ様ならば、素質が充分におありだと思っただけです」
しかし、と彼は言い連ねる。
「ルルーシュ様がナナリー様と穏やかに暮らされたいと思われるのならば、確かに皇位は必要ございません。そして私はルルーシュ様のお望みが叶えばそれでいいのです」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
ふ、と笑んだルルーシュは、しかしすぐに沈痛な面持ちになる。本来ならば優秀なはずの騎士らが自分のせいでその実力を発揮できない。あまりにも身勝手なように思えた。
しかし同時にそれはとても嬉しかったのだ。
複雑な気持ちを抱きながら、しかし今はこのままでもいいだろうと思った。甘えだが、どうしても結論を出せそうには無かったからだ。
ひとまず目先の離宮を目指す。
長らく、とは言ってもたった三日間だが、会えなかった妹にようやく会えるのだ。
今までの仕事の疲れを癒すべく、最高の薬が待っている。
「ナナリィイイイイイイイイイイ!!!!」
小さな妹姫の姿を見つけた途端、これだ。
ルルーシュがナナリーに頬ずりしているのを見ながら、こっそりとため息をついたジェレミアだが、ナナリーをルルーシュに、ルルーシュをジェレミアにしてみれは、そっくり自分に返ってくるのに気付いていない。さすがに頬ずりはしないが、どこも愛情が行き過ぎているのは自明の理である。
「やだ、お兄様ったら」
「三日も預けっぱなしにしてしまって、ごめんよ。寂しくなかったかい? 何か不便な事とか、コーネリア姉上にいじめられたとかは無かったかい?」
「人聞きが悪いぞ、ルルーシュ! こんな可愛い妹を私がいじめるわけがなかろう!」
「ユフィお姉様もコーネリアお姉様も、とても良くして下さいました。不便な事だってありませんでしたわ」
ナナリーの車椅子を押すコーネリアが、憮然として面持ちで頷いている。その横ではギルフォードが苦笑混じりに場を眺めていた。
「そうか、ならいいんだよ」
「ですが、お兄様がいらっしゃらなくて寂しかったです」
「ナナリィイイイイイイイイイイ!!!!」
感極まったルルーシュがナナリーに抱きついた。
それにしてもいつも以上にスキンシップが激しい。今回は仕事の為で仕方なかったとは言え、会えなかったのが相当堪えているらしい。短期でこれなのだから、前線指揮だのエリア総督だの、長期任務があった場合には一体どうなるのだろうか。ジェレミアは考えるのも恐ろしかった。
「俺も寂しかったよ、ナナリー」
「見れば分かる。ルルーシュ、いい加減ナナリーから離れてやれ。ここは玄関だぞ。落ち着いて話も出来やしない。いつまで経っても妹離れの出来んやつめ!」
「姉上だけには言われたくありませんね!」
未だへばりついているルルーシュを引っ剥がし、コーネリアはナナリーの車椅子を押して邸の奥の方へと進んでいく。ふらふらと付いていくルルーシュの背後にジェレミアが控え、その後ろにギルフォードが控える。
ぞろぞろと一行が到着した先は、既に菓子が用意された客室だった。
「ケーキが好きだそうだな、ルルーシュ。疲れには甘いものがいいと聞くし、用意させた」
テーブルの上には様々なケーキがずらりと並んでいる。見た瞬間に、ルルーシュの目が光った。
そろそろてジェレミアを振り向き、彼が頷いたのを見て、ルルーシュは満面の笑みをコーネリアに向けた。
「ありがとうございます、姉上!」
「遠慮はするなよ。甘いのは私は好かんからな。ユフィは今、ここにいないし、残れば勿体ない。さあ、ナナリーも」
「ありがとうございます、お姉様」
いそいそとテーブルの前に腰掛け、ルルーシュは早速吟味し始める。
「ナナリー、これはお前が好きそうだよ。はい、あーん」
「はい。……美味しいです!」
「ナナリーの拳ぐらいの丸いスポンジを白い生クリームで覆って、果物を沢山散りばめてあるんだ……スポンジの中にもドライフルーツが入ってるみたいだ」
「お兄様もちゃんと食べて下さいね。私ばかりではいけません」
「ナナリーは優しいな」
向かいに座っているふわふわと笑い合う兄妹を見て、コーネリアが微笑んだ。
実は可愛いもの好きである彼女にとって、可愛い妹と可愛い弟が幸せそうに笑っている今こそが至福の時であったりする。
「そう言えば、姉上」
「ん?」
ジェレミアにナナリーのスプーンを任せたルルーシュは、コーネリアに向き直る。
「ユフィがいないと仰っていましたが、今は?」
「ああ、クロヴィスの所へ行っている」
「となると、エリア11ですか。一体何をしに行ったんです。テロに荒れているらしいですが、ユフィが行っても意味は無いでしょう。彼女は荒れたエリアを収めるより、特色を伸ばす方が得意なんですから」
そう言えばコーネリアは顔をしかめた。
「私だってそう言ったさ。だが、どうしても行きたいと言ってな。クロヴィスの治世を見るいい機会だし、二日前に送り出した」
「クロヴィス兄上から学び取れるものなど、チェスの負け方と絵の描き方ぐらいでしょうに」
「こら、ルルーシュ。あれとて、頑張っている。お前とは方向性が違うのだ」
「そうかもしれませんが、どうせなら、シュナイゼル兄上の所へ行けば良かったのでは」
第二皇位継承者である次兄のシュナイゼルは、次期皇帝と目される程の辣腕者だ。コーネリアとも親しいのだし、そこならいい勉強になるだろう。
しかしコーネリアは首を振った。
「いや、クロヴィスの所でいい」
訝しげにするルルーシュへ、彼女の唇だけが動く。
じゅうはち。
音は無いが、確かにそう告げた口に、ルルーシュははっとした。
アリエス宮に籠もってばかりで、平和ぼけしていたらしい。シュナイゼルはエリア18となるかもしれない地で今、掃討作戦を行っているのだ。
ならばコーネリアとしては、可愛い妹を前線になどやりたくないだろう。ルルーシュ自身、今のナナリーに戦線を見せたいなどとは思わない。
ルルーシュはナナリーに配慮したコーネリアに小さく礼をした。
「ユフィに甘いんですから、姉上は」
「お前とて、妹には極端に甘いだろう。上とはそういうものだ。妹離れなど出来ないな」
確かに、と笑ってルルーシュはフォークをケーキに突き刺した。
ギルフォードが紅茶を用意してくれる。
メイド顔負けの美味しさに、どこの騎士も雑用ばかりの実態を悟って悲しくなった。
「お兄様、このケーキ美味しいですよ!」
嬉しそうなナナリーの呼びかけに、どれだい、と答えてやる。
「えっと……ジェレミアさん、どれでしたっけ」
「こちらです。ナナリー様、しっかり持って下さいね」
大半の重みはジェレミアが支え、ナナリーはそっと皿に手を添えているだけだ。だが、ナナリーからケーキ皿を差し出された事には変わりが無い。
「ありがとう、ナナリー。ジェレミアも」
受け取って、クリームの少ない小ぶりなケーキを口に含んだ。
適度な甘みだ。口の中でふわふわと溶ける。甘過ぎず、胸焼けもしなさそうな、だがしっかりと味が伝わってくる。何より苺が美味しい。
「美味しいよ、ナナリー」
不安そうにしているナナリーに、にっこりと笑ってそう言えば、彼女は嬉しそうにした。
「良かった! 二人で選んだ甲斐がありました!」
「二人?」
「はい、ジェレミアさんと一緒に選んだんです!」
ルルーシュとコーネリアが話している間に、どれがルルーシュの口に合うか、食べ比べをしていたらしい。
感動の余りに、ルルーシュの目に涙が浮かぶ。
「何ていい子なんだ、ナナリー! ジェレミアもさすが俺の騎士だ!」
食卓なので、さすがに抱き付きはしないが、それでもその腕は今にもナナリーに抱きつかんばかりである。お兄様ったら、と笑うナナリーの後ろで、ジェレミアがルルーシュに忠誠を叫んでいた。
コーネリアは己の横に立つギルフォードを眺めやった。視線に気付いたギルフォードが視線をさまよわせる。
しばらくの対抗の後、コーネリアがにやりと笑う。
「何だ、お前は私の口に合うケーキを選んでくれないのか?」
「わ、私でありますか?」
「そうだ。他に私の騎士はいるか?」
ギルフォードが言葉につまる。そう言われては、やらざるをえない。
「姉上、可愛い弟も一緒に選んで差し上げますよ」
ルルーシュがコーネリアにそう告げて、ギルフォードと共にあれだのこれだのと選び始める。そこにナナリーも加わって、わいわいと盛り上がる弟達を見ながら、コーネリアは紅茶を口に運んだ。
ユフィがいなくて、少々気落ちしていたのだが、この喧噪さは楽しい。出来うるなら、ユフィもという気持ちも無きにしも非ずだが、彼女が帰ってきてから、もう一度この二人を招けばいい。今度はルルーシュの他の騎士達も連れてきてもらったら、ユフィも自分の騎士を選ぼうという気持ちになるかもしれない。
そう言えば、ルルーシュの騎士の内一人は、確かイレブンの出身だったか。向こうでの土産話の聞き手に丁度いい。
コーネリアは一人、頷いた。
結局、大盛り上がりを見せたケーキ選びは、ようやくギルフォードが選んだ抹茶ケーキで収束を見せ、お開きとなった。
緑のケーキに顔をしかめたコーネリアがいたのも、帰りたくないと駄々をこねたルルーシュがいたのもご愛嬌である。
後書き
本編は悲劇的なエンディングを迎えましたが、二次は本編とは別ですから!笑
今回は書いてて楽しかったなぁ。これから鬱展開になりそうですけどね!(似たような言葉を別の後書きでも書いた気がする)
多分、ルルーシュ総受って訳にはならないです。スザユフィとかもある、かも?
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