仏頂面の童顔だった。
顔立ちは自分に似ている。
もしかしたら、もしかすると、玄孫ぐらいの子孫だったのかもしれない。
まあ、そうだとしても大して状況に変化は無い。
だって、俺達はもう、一つになれたんだから。
暁光は剣となりて
「御主人様!」
幼い少年が大きく手を振って、道の先でこちらを呼んでいる。濃い森の中、その先は明るく、どうやら拓けているようだった。
細い腕で楽しげにはしゃぐ姿を見ていれば、こちらまで楽しくなると言うものだ。子供に追い付けば彼はジョットの腕を引き、こっちこっちと細腕からは想像出来ない力で引っ張ってゆく。
力の源であるのは、血だ。
引っ張ってゆかれた先には見晴らしの良い丘がある。
「あれ!」
小さな指が指した先には、目指していた街が広がっていた。
街中に下りてみれば、子供が目をかっ広げて活気付いた光景を眺めている。
白い石造りの街。先日までいた村とは違って、今回は商業を主とする街だ。青空の下に賑わう街がある。荷馬車が行き交い、商品を売り込む声が頭上を飛び交う。子供にとっては初めての経験だろう。
奴隷だったこの子が逃げ出したのはつい一昨日。殺されそうになったのだと言う。
一目見て、血族にしたいと思った。
今まで百余年、一人として血族を増やす気は無かったのに、この子ならば、だなんて柄でもない運命を感じたのだ。
だなんて、呆と考えながら歩いていたせいで人にぶつかってしまった。
まあ、うん。
いずれの時代でも、だなんて言える程生きてはいないが、どこでもセリフは似たようなもんだ。
何かを考えている童顔の青年に手を引かれながら市場を縫うように歩いていく。あちらを見てもこちらを見ても人と建物ばかりだ。しかもみんな、着ているものが豪華だ。自分が着ていたものとは全く違う。
外の世界に出れて良かった。
吸血鬼だなんてよくわからない。そもそもそんな単語を聞いた事がない。ただ何となく、御主人様には近付いて、人間とは遠ざかった気がする。
ツナは青年の体温を小さくか細い手のひらに感じながら、青空を見上げた。
綺麗な青空だ。
何だか、そこにも御主人様がいるように思えた。
まだあまりしゃべった事は無いが、御主人様は今までの御主人様とは違ってなかなかに優しいようだ。ご飯をくれるし寝る場所もくれる。
生きていくために、御主人様に付いていく。勉強も教えてくれると言っていたし、良いこと尽くしだ。
へらりと笑ったその時に、繋いだ手から衝撃を受けた。
見れば、柄の悪い男が御主人様に絡んでいる。
聞いた事がよくあるセリフ。
きっと奴らの頭はまるっきり同じなんだ。
少し離れた場所でこちらを伺っていた子供に微笑みかけたジョットは、汚れをはらった手でツナを招いた。
それを見て駆け寄ったツナは、折り重なる屍達にほう、と感心したような声をあげた。
「強いね、御主人様」
「まあ、相手は人間だから」
こくりと頷き、上着の裾で手を綺麗にしてから、ジョットはツナの手を握った。
「じゃあ、行こうか」
「はい、御主人様」
大人しく手を引かれる子供は、嘘臭い笑みを浮かべている。それを見て取り、ジョットは先は長いのかと内心でため息をついた。
小さな子供がなぜ自分に付いてきてくれるのかは知っていた。
死にたくないのだと子供は言った。ついでにご飯も食べたいし水も飲みたいしいい寝床で寝たいしお菓子もつけてくれれば文句は無いだなんて好き勝手のたまってくれた。それが死にかけた人間の言葉か、だなんて遠い目になったのはつい一昨日。しかも自分はそれを全て承諾した。つまり、唯一の血族を食い物で釣ったも同然に得たのだ。
別段、そう言うのもありかなぁ、だなんて思うが、これから永い時間を共にする身としては少々悲しい。ずっとそんな関係なんて耐えられない。
「あ、御主人様」
「ん」
「あれ、食べたい」
無遠慮に伸ばされた腕の先、荒れた指が示すのは瑞々しい屋台の果物だった。屋台の親父が目ざとくそれを見て取り、ここぞとばかりにこちらに売り込んでくる。
ジョットはぱちぱちと瞬いて、それからふむと頷いた。
確かに美味しそうだ。
「御主人様」
「……いや、だめだ」
「何でですか」
膨れっ面になった子供に向かって、真面目腐った顔で青年は言う。
赤い果物を頬張りながら、子供は首を傾げた。
「『やすい』ものの方が価値があるの?」
「いや、そういう訳じゃない」
やはりというか何というか。
食べかすを頬につけて見上げるように尋ねてくる子供は、何も知らない無垢な目をしていた。
「お金がもったいないだろう。旅はまだ続くんだから節約しないと」
「せつやく?」
意外と大変かもしれない。
ジョットはツナを連れて宿に向かっている。今日はこの街に泊まるのだ。宿代も高いのだから節約するのは旅人の常識だ。しかし、子供にはそんな概念すら備わっていなかったらしい。当たり前だと言えば当たり前の事だけれど。
不意に、繋いでいた手に力がほんの少し込められた。
視線を下げてみれば、子供はらしくない無表情のままでじっと前を向いている。
そこまで考えたところで、この子供がころころと面白いぐらいに表情を変える事を思い出した。それから結構どんくさい事も。まだ会ってすぐだけれど、もうそれだけの事を知っているのだ。
ジョットはツナの手を握り返した。
「なあ」
「何、御主人様」
「それ」
ジョットは視線を前に固定した。
見えなくても、見える気がした。
「何で、俺を『御主人様』と呼ぶ?」
問えば、雰囲気を感じる事が出来た。
驚いていて、少し困り気味の戸惑い。
まん丸の目はきっと見開いてこちらを見上げているに違いない。口をぽかんと開けて間抜けな表情で、そうしてこちらを呆けて見るから、ほら、つまづいて慌てた振動が手から伝わってくる。
それから、この子は……。
ジョットは首を傾げた。
あれ? そう言えば。
呆れたようなため息が下から聞こえてきた。幼い声がやるせなさを伴って耳に届く。
「だって俺、まだあなたの名前を聞いてないよ。『御主人様』?」
「そう言えば俺も聞いていないな、『我が子』よ」
二人の吸血鬼は、そうしてお互いを見つめ合った。
あとがき
そんな感じです(どんな感じだよ)
まあ、これからツナはつっこみとして開花します。ジョットがボケです。漫才を繰り広げながら全世界を旅します。
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