喜びを思い出した。
優しさを思い出した。
家族を思い出した。
思いやりを思い出した。
悲しみを思い出した。
慈しみを思い出した。
温かさを思い出した。
人を思い出した。
君は、僕に忘れた何かを思い出させてくれた。
生き方を思い出した。砕けた欠片を見つけられた。
不死達の別れなど、別れにならない。
だから、
暁光は剣となりて
その日の朝、コロネロは冷蔵庫の中身とにらめっこしていた。
顔をしかめて考え込む。
まずい。緊急事態である。
台所で悩む背中に偶然通りかかった綱吉が気付いて、とてとてと子供の足で歩み寄った。
「どしたの」
コロネロの腰の横から冷蔵庫を覗き見て、綱吉はあちゃー、と呟いた。
「これはまずいなぁ」
「ヤベえぞ、コラ」
親子の前に堂々と立つ四人暮らし用の大型の冷蔵庫の中は、ものの見事にすっからかんだった。
――緊急事態である。
「と言う訳で、物資調達要員を募集します」
全員そろって畳に座る前で、幼児が高らかに声を上げた。
空っぽの冷蔵庫に加えてその他日用品にも欠損が目立つ。万が一篭城戦になった時に、これではあまりにも心許ない為、どこかのデパートなりスーパーなりに物資を調達しに行かねばならない。
まあぶっちゃけるとそれは建て前で、実のところ、引きこもり生活に飽きたのでそろそろ遊びに行きたいというのが本音である。
「ひとまずさ、悪いんだけど髑髏、一緒に来てもらってもいい? 女の子って何買ったらいいか分かんないんだよ」
「は、はい。行きます」
まずは一人目である。
大荷物になるのは決まっているので、男手も何人か必要だ。
千種に視線をやれば逸らされた。
「……人混みはちょっと」
「俺行く! 行きたいびょん!」
「じゃあ犬と、コロネロは行くよね」
「ああ」
それから自分である。
人数的にはもう十分だが、ちらりと骸を見てみれば、高々と右手を上げている。視線は綱吉から動かず、全身で付いて行くと訴えてくる。正直うざいが、家主だし一応連れて行くかと綱吉は頷いた。
「じゃあ骸」
「はい!」
「僕は残るよ。群れてる奴らを見ると咬み殺したくなるんだ」
「そう言うと思った……」
雲雀については端っから論外である。本人の弁の通り、連れて行けば非常に物騒になるのは間違いない。
案外あっさりと買い出しメンバーが決まった。と言うか、行かない人間を決めた方が早かったかもしれない。
ともかくも、髑髏、犬、コロネロ、骸、そして綱吉の合計5人で、山を下りてしばらく行った所のデパートへ行く事が決定された。何が足りないかは既に書き出してあるので、後は行く準備が整えばいいだけだ。
久しぶりな外だ。心躍らないはずがない。
綱吉はガッツポーズをした。
物資調達要員達を見送った雲雀は、ごそごそと片付けを始めた千種を見た。
千種も視線に気付いたのか、手を止めてこちらに向き直る。
騒がしいメンバーが抜けたせいで、いつもにぎやかな家は閑散としていた。ちくたくと、壁にかかった古ぼけた時計の音しか聞こえてこない。
「……」
そのまま何も言わないでいると、彼はまた片付けを再開する。
雲雀も視線を外して、ちゃぶ台に肘をついたまま天井を見上げた。
しばらくの沈黙の後に雲雀は舌打ちし、何の予備動作も無しに千種へトンファーで殴りかかった。
しかし対する千種も別段慌てる事無く、三叉槍を出現させて受け止める。
「……」
「……で?」
千種が薄く笑って雲雀を挑発した。
その右目は普段の黒目から赤く変化し、六の一文字が浮いていた。
鼻を鳴らして雲雀はトンファーを引いた。
「君、ほんと気持ち悪いね」
「酷い言い種ですねぇ」
顔をしかめて言い放たれた暴言に、傷付いた様子も見せずにさらりと受け流す。
千種の体を乗っ取った骸は、それで、と雲雀を促した。
「昨日の夜、何やらこそこそとしていましたよね? 一体何だったんです?」
食卓に肘をついてうっそりと笑う男の目は笑っていない。畳に胡座をかいて雲雀は千種の顔を極力視界から排した。
気に食わない目だ。意識してしているだろうから余計に気に食わない。
懐のポケットから携帯電話を取り出し、男の方へと放って寄越した。
「『跳ね馬』からのメールだよ」
操作してメール欄を見れば、『へなちょこ』という名前人物から大量にメールが来ている。これが『跳ね馬』ディーノの事だろう。それにしても、と千種はため息をついた。
「……ついに吸血鬼がメールをする世の中になりましたか」
「近代化だからね。レトロな気分に浸ってる場合じゃないのさ」
「確かにそうですけどねぇ……。『リボーンがお前に会いたいって行って来てるけどどうする? 出来たら会ってやってほしいんだけど』ですか。リボーンって」
「アルコバレーノの『ジャッロ』。知り合いだよ」
思わず黙り込んだ千種は、雲雀を凝視する。
何を考えているのだ。
その視線に気付いて、雲雀は肘をついた方の手をひらひらと振った。
「スパイでも何でもないよ。前から知り合いだったんだ。僕自身へのパイプは繋げてないから、いつもへなちょこ経由で連絡が回って来る」
「その意味は」
素早く問い返せば、雲雀はあっけらかんと言ってのけた。
「術師一人と古血二人の正体を探ってるんでしょ」
「やっぱりそうでしたか」
千種は眉をしかめた。
急にこちら側を探る力が強くなったのだ。あの守銭奴は金に比例してやる気が増す。どれだけ積まれたのかも気になるが、冗談を抜きにしても手強い相手だ。
雲雀にしても、今はまだ頼みで済んでいる『跳ね馬』からのメールだが、事が事だけにいつ命令に変わるかは分からない。意外に人脈が広く、情報網の広い彼だからこそ今回もすぐに綱吉の元へ向かえたのだ。呼んだのは骸だが、それよりも早く、雲雀は綱吉の動向を知っていた。その守備範囲の広さを分かっているからこその、『アルコバレーノ』からの連絡だろう。なおざりに対応はできない。
しかも、まだ懸案事項はある。
「僕と君、どちらか片方でも特定されたら、芋づる式に綱吉君にたどり着かれますよ。下手な事はしてないでしょうね?」
「その言葉、そのまま君に返す。あのバイパーとか言うのに正体バレたら本気で殺すよ」
雲雀も骸も共々に交友関係は狭い。
本気で助けようと思う相手など、一人しかいない。それを知られたら終わりだ。優位そうに見えて、実は全く優位でない。基盤が脆すぎたのが、憂慮の遠因だった。
しかも情報隠匿はきっと長くは保たない。必ず、何処かしらから嗅ぎ付けられるだろう事を二人は知っていた。
千種の体で、骸は眉を潜めて見せた。
「いっそ、他のも全て呼び寄せますか」
言った瞬間に、雲雀が最高に嫌そうな顔をした。その顔に、仕方ないでしょうと言い放ってから、千種は食卓に肘をつく。
「どうせバレるのであれば、先に手を打つべきです。違いますか?」
「そうだけどね。嫌なんだよ」
「僕だって嫌です」
「煩いのばっかりじゃないか」
「騒がしいのは綱吉君の好みですけどねぇ」
「僕らの好みじゃないだろ」
「それなんですよね。まあ仕方ないでしょう」
そして二人揃ってため息をついた。
息が合わないと言う二人だが、たまにぴったりと息が合う。
仕方ない、とまた呟いて、千種は立ち上がった。
「連絡は君の方で付けて下さい」
「僕が?」
「僕では知らない相手がいます。君なら全員に声をかけられるでしょう」
舌打ちすれば、笑みが返される。
そしてそのまま千種は前のめりに倒れた。倒れた先は座布団だ。薄い物だが、珍しく気を使ってやったのだろうか。千種は大人しい寝息をたてていた。
男の寝顔を観賞する趣味は雲雀には無いので、彼はさっさと部屋を出る。
連絡するならなるべく急いだ方がいいだろう。
縁台に出てそのまま庭へと降りる。外は気の滅入りそうに霧深い。すたすたとスリッパのまま、彼は霧の中へと消えていった。
一度瞬けば、途端に周囲の喧騒が意識に入り込んできた。
骸は辺りを見渡し、別段異常が無い事を確認する。
自我はほとんど千種の方に飛ばしており、こちらの本体には小さな意識しか残っていなかった。しかし慣れているので、行動に問題は無かったはずだ。
今は果物売り場にいる。
店内のスピーカーから流れる音楽や、人の雑音が耳に届く。視界には緑のとげとげの物体が見える。
骸は瞬いた。
そして周りを見る。
連れは誰もいなかった。
視線を戻す。
鼻腔には酸っぱさと甘さが同居したような香りが届いた。
ぱちくりとして立ち尽くす青年の目の前には、綺麗に並んでパイナップルが鎮座していた。
――どういう状況なんですか、これは!?
コロネロのジャンパーの裾を握った綱吉は、悩ましげに呻いた。
気付いたコロネロが綱吉を見下ろせば、彼は息をついて呟く。
「放っといて良かったのかなぁ、あれ」
『あれ』の意味を正確に察したコロネロは遠い目をする。
パイナップルだとかパイナップルみたいな男だとかの話だ。
「大丈夫。骸様はたまに発作を起こすの」
二人の前をカートを押しながら歩く髑髏が振り返って微笑を浮かべて言う。その隣では犬が爆笑していた。
「発作って……」
真剣な眼差しでパイナップルを見つめていた骸を思い返す。どこかトランス状態に入っていた気がしないでもないが、あの頭とパイナップルの組み合わせは破壊的だった。
ジャンパーの裾を握っている綱吉の手が震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。
髑髏が手を伸ばして食パンをカートに入れた。籠は今三つ目に突入している。二つはカートに乗っているが、もう一つは犬が振り回していた。
買い物リストもそろそろ終わりだ。
コロネロはパンを物色している綱吉を見下ろした。
まだ、分からない事はあるが、ひとまずはこの小さな子供の傍にいるだけで、心が安らぐ。
不意に綱吉がコロネロを見上げた。
「どしたの、コロネロ」
「いや、ちょっとな」
「何だよ、気になるなぁ」
そう言って口を尖らせる綱吉は、周囲を見回して急に目を輝かせた。
「あれ! 三色団子食べたい!」
「団子か、うまそうだな。クローム」
髑髏は頷いて、三本入りの三色団子のパックを二つ籠に放り込んだ。
計六本。今、屋敷に住み着いているのは七人だ。また俺が貧乏くじか、とため息をつきたくなるが、ひとまずはこれでいるものは全て籠に入れた。
「じゃあ、金払って帰るか、コラ」
誰に言うでもなく、コロネロは呟いた。
ひくり、と引きつった笑いを浮かべたのは精悍そうな顔立ちの青年だった。
お気に入りの愛刀の手入れをしている最中である。
その前に盛大に嫌そうな顔で座っているのは、銀髪の同年代の身なりの良い男だ。両者とも古臭い畳にちゃぶ台を挟んで向かい合わせに座っていた。
「……えー、と?」
かぽん、としし脅しの音が響く。
ちらりと開け放たれた障子の外を眺めた青年は、銀髪の男の言葉を出来るだけ聞き流したくなった。
「『来い』ってよ。何でかは知らねーよ。それも一週間以内にだぞ? ふざけてるとしか思えねえ!」
「だなー」
枯山水を眺めながら、青年は上の空に答える。外はとてもいい天気だ。冬の晴れ空は空を近く感じて心地よい。
はは、と笑った。
正直、行きたくない。
「……ボンゴレがこの情勢の時にわざわざ六道の所に呼び出すってか。殺してえ」
「俺ら一応、謹慎中みたいな感じになってっけどさー、動いていいんかな?」
「……だめなんじゃねーの」
そして二人して黙り込んだ。
黙った勢いで今までしていた刀の手入れの続きをし出した青年は、ふと首を傾げた。
あの雲雀とあの六道の二人が住みかに呼び出すほど仲が良いとは知らなかった。てっきり犬猿の仲、水と油のような付き合いだと思っていたのだが。
「知らなかったのなー……」
「あ?」
「いや、何でもない」
笑って手を振った青年の悪い癖は、自己完結と天然である。
意味わかんねー、と呟いて銀髪の男が煙草に火をつけた。彼の眉間には常に皺が刻まれている。
勝手な勘違いと苛々コンビが、感激と驚愕とに襲われるのは、一週間後の話である。
後書き
あはははー……出しちゃった。
やばいよやばいよ。話がでかくなってきたよ。収拾はつくけど、めっちゃ長くなる。その日までサイトは存続しているだろうか……。
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