「なあ、リボーン、どうしよう?」
難しい顔をして俺のベッドに寝そべる青年は、ぱたぱたと足を動かしながらこちらを向く。
十八年。
俺とこいつが出会ってから十八年だ。つまり、沢田綱吉はドン・ボンゴレで(このリボーン様が家庭教師についているのだ、もちろん十二年前に仕事は完遂させた)、そしてこいつは三十二歳になった(その割には未だ外見は十代後半だ、詐欺じゃないのか)。ちなみに俺は、十九歳。ドンの優秀なる右腕として、この頼りない教え子を守ってやっている。まあ、最近では九代目に似てきたという評判の青年に、やり込められる事が多い、大変腹立たしくゆゆしき事態である。実際十五年前ぐらいから、何だか性格が変わって来たというか、地が出て来たなとは思っていたんだ。やばい。何でだ、やっぱり周りの環境のせいなのか。
ぼう、と考えていて、返事を返さなかったのに青年は気分を損ねたらしい。口をへの字にした。しかし、それでも尚言葉を続ける。
「俺さ、お前の事」
あれ、何だか嫌な予感がして来たな。
ぼんやりと、殺し屋の直感が告げた。
しかし、それをあえて無視して、新聞の事件欄を流し読む。返事は返さない。
「愛しちゃってるっぽいんだけど」
ってか、ぽいって何だよ、ぽいって。普通に愛してるって言えよ。しかしまあ、狸になって来たとは言え、女を口説くのにその台詞は無いだろう。陳腐過ぎて逆に面白い。
新聞をめくった。最後に、テレビ欄をくまなく見る。今日見たいテレビがあったら録画しとこう。見逃したら切ない気分になるのだ。
そんな風に考えてたもんで、俺の頭にさっきの言葉がじんわりと染み込み、理解出来るまで時間を要した。
「はあ!?」
そしてスケープゴートは笑った。
頭の中でぐるぐる回るのは、不敵に笑う青年の姿だ。
いやいや、待てよ俺。落ち着け俺。最強のヒットマン、孤高の死神がそう動揺するんじゃない。そう、とにかく落ち着けリボーン!
自室でぐるぐると同じ場所を歩き回るリボーンの姿を、見る者は誰もいない。
綱吉は返事を待ってると言うと、仕事をする為に執務室の方へと行ってしまった。だもんで、リボーンの部屋に残されたのはリボーン一人だけだ。棚に可愛らしい猫のぬいぐるみが飾ってあるが、別段彼女を気にする必要は無いだろう。そう言えば、何であの猫のぬいぐるみは猫を飼ってるんだろう。猫が猫って飼えるもんなのか、それって人が人を飼うのと同じだよな。あれにそれ程意味を追求してはいけないだろうか。って、違った。
落ち着け。
深呼吸をして、頭を抱える。動揺を身体で表現するリボーンの顔だけが、いつものポーカーフェイスだった。逆にそれが驚愕の大きさを表している。
完全にパニック状態のリボーン十九歳を、棚の上から白い猫が見下ろしていた。円らな瞳に哀れみが込められている気がしたリボーンは、そっとそのぬいぐるみを壁の方へ向けた。
ベッドに腰を下ろし、足を組んで肘を膝についた。手に顎を乗せ、リボーンは考え込む。
落ち着いて良く考えよう。
先程、三時頃、執務の合間をぬった休憩ついでに俺の部屋に訪れた綱吉が、勝手に人のベッドを占領した挙句、三十分の仮眠を取り、そして起き抜けに『愛しちゃってるっぽい』と発言。そして執務を再開する為に、この部屋を出て行った。
一通り思い出し、それからリボーンはやはり頭を抱えた。
「え、愛してる? 俺は男だぞダメツナ、そしてお前も男だろうダメツナ。ってか男だよな。もちろん●●●付いてるよな、見た事……ある。うん、ある。ってあったら逆にダメじゃねーか。もしかしてあれか。俺が女だと思ってるとか……」
既に思考回路はスパーク、ショート。ぐるぐると回る脳内は、まともな思考が出来ていない。
とにかく、とリボーンは呟いた。
「寝よう」
どこからどうその結論に至ったかのかは、謎である。
暗転。
目を開けると、そこは普段と変わらぬ自室だった。
リボーンは起き上がり、周囲を見回す。
何て事は無い、ただの部屋だ。
「夢、だったらいいんだが」
夢オチだなんて起こらない事を知っている。出来すぎた脳みそがぬいぐるみの子猫ちゃんが壁を向いている経緯をしっかりと覚えていた。
教え子に愛を告げられた。
リボーンは端正な眉をひそめた。
別段ホモを否定する訳ではない。しかしまさか、今までノーマルだと信じていた可愛い可愛い教え子が何だってそっちの道へ走ろうとするのか。ここはやはりそっと引き戻してやるべきか、それとも教師は黙って応援するべきか。
大体何でよりによって俺なんだ。
ホモの上、ショタの称号まで手に入れるつもりだろうか。
だが断った時、あの教え子が悲しむのは心が痛む。
天塩にかけて育て上げ、ほぼ二十年来の付き合いがある。情は深すぎる程に持っているし、何よりあの可愛らしい顔が歪むのだと思えば、自分が苦しくなる。
ディーノとは違い、あの教え子に抱く思いは格別だ。
リボーンは足を組み替えた。
童顔と言われれば全力で怒る。
脱走癖は最近神掛かってきた。
三十路過ぎのおっさんのくせに、甘いものが大好きで、二十歳過ぎてやっとブラックが飲めるようになった。そのくせ、酒だけは枠だ。俺でも負ける。
普段はダメダメなのに、仲間を傷付けられれば、瞬時にドンになれる。判断も超直感を駆使して、とても精度が高い。
Xグローブを操る姿は何にも負けない美しさがある。
容赦なく纖滅を叫ぶのに、けれどどこかで泣いている優しい教え子。
ドジな一面もあり失敗もするが、それでも負けじと前を向く。傷付いてもそれをばねにする。はたから見ていてはらはらするぐらいに。
人間くさい。可愛い教え子。
あの教え子が悲しむだなんて許さない。
体に傷を付けるのも心を砕くのも、俺が絶対に許さない。
そんなやつがいれば、あの世の果てまで追って、必ず銃弾をぶち込んでやる。
ずっと共に生きてきたんだ。これからだってずっと共に。
あの温かな琥珀の傍で生きていきたい。
あれ、とリボーンは首をひねった。
結構俺は、教え子の事が好きなんじゃないだろうか。
おや、と骸は目を瞬かせた。
開けた執務室に入り込み、扉を閉める。そうしてもう一度机に向き直った。
「こんにちは、ボンゴレ。ご機嫌ですね」
「わかる?」
肯いた。
楽しそうに書類を見ていれば、誰だって分かるだろう。
スーツ姿の骸は、持ってきた書類を綱吉に差し出す。
「確認と判をお願いします」
「はいはい」
じっと書類に目を通す綱吉は、本当に嬉しそうだった。
「何があったんです?」
問えば、綱吉は満面の笑みを浮かべた。
これが三十路過ぎだなんて詐欺だといつも思う。ボンゴレの血は恐ろしい。
少し顔を赤らめた。
「リボーンがさ、告白をOKしてくれたんだ」
捺印して骸へ書類を差し出す表情は、幸せそうなものだった。
「そうでしたか……! 良かったですねえ」
「ありがと」
「末永くお幸せを」
一礼して退出。
廊下をしばらく歩いて嘆息。
「……ようやく、ですか」
純情一途、時々黒い片思いの綱吉と自分の気持ちに気付いていない鈍感男。
端から見ていてイライラする二人だったがようやく恋は実ったらしい。
十五年にわたる片思いは、賭の対象にもなっていた。
ひとまず、骸は賭の結果を守護者達に伝える事にする。
オチが甘いのは一度消えて打ち直したからです。
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